第91話 呪い人形

「これなんです」

 そう言って、真由さんが私に差し出してきたのは人形だった。なんとも不気味な。

「これは……ホラー映画かなんかのキャラクターですか?」

 思わず私はそう尋ねた。ボサボサで不揃いな髪。落ち窪んでどこかすさんだ目。口は微笑んで入るが、どこか邪悪なものを感じる。

「いえ、元はこんなのじゃなかったんです。 えっと……だんだんこうなってきちゃって」

「だんだん?」

「そうなんです、顔がだんだんと」

 顔が恐ろしいものになってきたため、私のところに訪ねにきたのだそうだ。真由さんは私の知人をかいし、更に私から霊能者を紹介してもらおうというつもりだったとのこと。

 それならば話は早めにと、鞠絵さんに連絡をとることにした。

 ちょうど古書店を営む彼女は、今日は休みとのことへ自宅へ向かった。家のチャイムを押し、彼女が出てきた。しかし、なにやら厳しい顔をしている。

「ねぇ、なにを持ってきたのよ」

 と鞠絵さん。

「あー、電話で話したやつだけど」

「そういう意味じゃなくて。 なんかかなり凄いの持ってきたわね」

「凄いの?」

「まぁ、とりあえずあがって」

 と家の中に通された。


 客間に案内され、お茶を少し飲んでから本題に入る。真由さんがカバンから例の人形を取り出すと、鞠絵さんは

「あらぁ……これ、特級呪物だわねぇ……」

 と、触ることもなく答えた。

「どういうことですか」

 と真由さん。

「あなた、この人形になにかしていたでしょう?」

「……えっと……」

 真由さんはどこか後ろめたいように口ごもった。


 鞠絵さんが彼女から聞き出したことをまとめるとこうなる。

 真由さんは、子どもの頃からその人形を大切にしていたとのこと。成人し、就職して実家を離れても持っていたそうだ。

 慣れない新社会人生活。そして仕事が忙しくなっていった時、当時付き合っていた恋人と別れた。互いに生活圏が変わってしまったのが主な原因とのこと。つまりは相手の心変わりというやつだ。

 真由さん自身は本音のところでは別れたくなかった。彼が存在していることが、忙しい日々の支えでもあったからだ。


 その頃から、真由さんが人形相手に彼への愚痴を話すようになったという。それはやがてエスカレートし、恨み言へと変化していった。

 始めは気づかなかったが、そんな日々を送っているうちに、人形の顔に違和感を抱いたという。日々の生活にも慣れてきたときのことだ。

-こんな顔だっただろうか

 どう見ても愛らしいとは言えないその顔に恐怖を覚え、飾るだけにするようにしたそうだ。しかし、ある日仕事から帰ってくると玄関に人形が座っていた。

 驚いた真由さんは、人形をどうしたものか考えたとのこと。処分したくても普通に捨てるのは恐ろしく、私の元にきたというのがことの顛末てんまつだった。


「このお人形さん、中身が恨み言でいっぱいいっぱいになっちゃってるのよね」

 話を聞き終えた鞠絵さんが言った。

「処分とか、お願いできますか」

 と真由さんが問う。

「恨み言だけならいいんだけど……陰の気も吸い込んじゃっててね。さっきも言ったけれど特級呪物になってるのよねぇ……」

 鞠絵さんは以前、呪物の処理をしようとした際、身体を壊したことがあったそうだ。それ以来、余りに重い呪物は知人に任せるようになったという。

「伊東くんって人なんだけどね、彼、そういうの得意だから」

 と、鞠絵さんはその人物の連絡先を教えてくれた。

  

 どこかたらい回しにされているようにも思えたが、ここから先は私までついていく必要はないとのこと。

 真由さんは伊東氏とアポイントをとり、後日訪ねるということになった。


 後日、鞠絵さんと飲みにいったとき、その人形の話になった。

「あれ、うまく処理できたみたいだけどね」 

 と話す鞠絵さん。

 うまく処理はできたようだが、溜まりに溜まった陰の気のせいで、真由さんは現在体調を少し崩しているそうだ。

 なんとか「少し」で済んでいるのは伊東氏の尽力によるもので、本来なら命にかかわるほどのものだったらしい。

「人の形をしたものに、ああいうことするもんじゃないのよねぇ」

 と、鞠絵さんはため息をついた。

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