第90話 ざわめき

 晴海さんは恋人の祐也さんと遠距離恋愛中だ。時折電話をかけあったり、ビデオ通話アプリで話したりするのがふたりの普段の交流とのこと。


 ある日のこと。仕事でミスをして、上司に叱られ落ち込んでいた晴海さんは、自宅に帰り、愚痴でも聞いてもらおうと祐也さんに電話をかけた。

「お、元気か~」

 祐也さんの明るい声に、少し救われる。

 繁華街にでもいるのだろうか。祐也さんの声の後ろから、なにやらざわめきが聞こえる。

 その日あったことを話をすることしばらく。祐也さんが、

「お前、どこにいるんだ?」

 と尋ねてきた。

「家だけど……」

「はぁ?なんかにぎやかなところにいるだろ。こんな時間にそんなところで電話してて大丈夫か」

 時計を見ると23時を過ぎている。しかし、それ以上に「にぎやかなところにいる」とはなんのことだろうか。

「なにいってんのよ。部屋にいるんだけど。そっちこそ後ろがうるさいけど大丈夫なの?」

 と問い返すと

「はあああ? 俺、部屋でひとりでビール飲んでるとこなんだけど」

 と彼は答えた。

「嘘~!なんだかざわざわうるさいわよ」

 噛み合わない会話。そして、違和感。ここにきて、ようやく互いにおかしいという結論に至った。

「ねぇ、これなに?」

 晴海さんはあまりの不気味さに手が震える。

「お、俺に聞かれたって分かんねぇよ」

「ねぇ、怖いからこのまま話していたいんだけど、後ろのざわめきが怖くって話を続けられない……」

 相変わらず、互いの背後にざわめきは続いていた。

「と、とりあえず寝よう。うん、それがいい」

 と祐也さん。


 話を続けていてもらちが明かないし、そもそも不気味だ。互いにもう今日は休むことにして、電話を切った。

 しばらく寝付けなかった晴海さんだったが、気がつくと眠りに落ちていた。


 その現象はそれきりで、なにが原因だったか分からないとのことだ。

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