第89話 ラーメン屋

 俊介さんは、ある日車で一泊旅行に出かけたという。彼は割とそういう旅を楽しむことが多く、時間がとれればぶらりと出かけるそうだ。

 

 その日もとある場所に向けて出かけた。家を出たのは朝の10時頃。しばらく車を走らせていると、お腹が空いてきた。そろそろ昼食でもとろうか、と店を探しながら進んでいたとのこと。

 少し進むと、ラーメン屋が目に入った。敷地内に車を停めるスペースもあり、好都合だと思い、そこで昼食を摂ることにした。

「いらっしゃい!!」

 店主の景気のいい声に出迎えられる。ちょうど昼食の時間だが、店には誰もいなかった。この辺りは少々辺鄙へんぴで、ドライブなどの客がメインなのだろう。その日は平日だったため、観光客などもいないのだろうと俊介さんは思ったという。

 しかし、当然同時に不安も覚えた。いくらなんでも誰もいないというのはどういうことだろう。もしかして、非常に不味い店なのだろうか。

 とは言え、今更帰るとも言えず「空腹は最高のスパイス」の言葉を信じ、カウンターに座った。

 

 ラーメンを注文し、しばし待つと、

「あいよ、どうぞ」

 と店主から丼を手渡された。

 それを受け取り、口に運ぶ。

「あ、美味い……」

 少々警戒していたが、それに反してそのラーメンはなんとも絶妙な美味さだった。スープもしっかりと飲み干し、一息ついた。

 意外な名店を見つけた、と俊介さんは思ったそうだ。


 店を出て、目的地へと向かった。観光やドライブを楽しみ、予約したビジネスホテルで一泊。翌日も観光して帰路へついた。

 こちらの方面にはしばらくこないだろう。そう思った俊介さんは、どうしてももう一度あのラーメンを食べたくなり、店を目指した。


 店の場所についた俊介さんは目の前にある光景に驚いた。なぜなら、そこには古びた建物に「借主募集」と書かれた、これまた古びた看板が付けられていたのだそうだ。どうみても、昨日食事をしたあと閉店したとは思えない風景。

 店の場所はカーナビに登録しており、また、店の状況以外の風景は昨日と変わらないので間違えたとも考えにくい。

 

 昨日のあのラーメンはなんだったのだろうか。確かに食べた記憶に間違いはないし、味もしっかり覚えている。

 かなりの戸惑いを覚えた俊介さんだったが、どうにもならないため、そこを立ち去ったとのこと。

 

 その後、もう一度そこへ行ったそうだが、やはりあの店はなかったという。

 

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