第87話 アパートスタジオ 後編

 撮影は、この部屋に住む男性(以下Cとしよう)が、ポルターガイストに悩まされ、番組に相談を持ち込んだという設定になっている。

 Cとプロデューサー役(これも以下Aとする)とアシスタント役(Bとする)の3人の俳優によるミニドラマの予定だった。


 ある程度の台本は渡してあるが、言い回しなどは各自に任せていたそうだ。Aたち3人は部屋に置かれてあるテーブルに座っている。しばらく雑談。あるセリフをきっかけとしてまずラップ音を鳴らすことにしていたそうだ。ただ、音はあとで編集で入れる予定で、実際にはなにも音は立てない。

 栄一さんはカメラマン役として実際に撮影をしており、指でカウントをとって音が出る瞬間を指示することにしていた。

 

-3、2……


 最後の「1」を差そうとした瞬間。


-パキッ ペキッ

 

 部屋に不思議な音が響き渡った。一瞬戸惑いを見せる役者たち。彼らも音は後で入れることを知っている。

「な、なんだこの音」

 とAがなんとか演技を保ちつつあたりを見渡した。

「ラップ音でしょうか……」

 Bも不安げではあるが、こちらも演技を続けている。


 ラップ音が鳴った後はテーブルがガタガタと揺れる演出を入れることにしていたとのこと。特殊撮影など面倒なことはせず、画面から見えない位置でアシスタント(これは本物のアシスタントだ)が、テーブルを揺らすことにしていた。

 しかし、音が鳴りはじめてから少しずつカタカタという音が聞こえはじめた。

 テーブルだ。

 誰も手を触れていないのに揺れ、やがてテーブルに置いてある湯のみ茶碗がカチャカチャと音を立てはじめた。

 台本とは全く違う展開。しかし、栄一さんはそのままカメラを回していた。これはこれで面白いだろうと思ったからだ。栄一さんの意図を察した役者たちはそのまま演技を続ける。


 緊張感が高まる中。部屋の明かりがプツリ、と消えた。

「きゃああ!!」

 思わず叫ぶB。

 栄一さんは咄嗟に暗視モードに切り替え、撮影を続けようとした。 

 しかし。

「あぁああああ!!!」

 栄一さんは叫んだ。

「ど、どうした?」

 Aはいまだなんとか演技を保っている。

「あ、あそこ、あそこ!!!」

 栄一さんは部屋の奥を指さした。そこにはショートカットの女性が座ってこちらを見て笑っている。髪の一部は染められているのだろうか。横髪の一部だけ明るい色と思われる、個性的な髪型だった。


「待って、ちょっと撮影中断します」

 栄一さんはそう言ってカメラを切った。余りにも予想外の展開。これでは「物語」の収拾のつけようがない。撮れたものは後で確認し、使えそうなら編集して使えばいいと思ったそうだ。


 大騒ぎのあと、明かりは再び点いた。役者たちは呆然としている。

 なんとか一夜を過ごし、翌朝隣の伊東さん宅を訪ねることにした。

 伊東さんは扉を開けると、栄一さんの様子を見て、

「ちょっと大変だったみたいだね」

 とニヤリ、と笑った。

「あの部屋、なんなんです?」

 と栄一さんが聞くと、以下のような答えがかえってきたそうだ。


 あの部屋はもともと事故物件だった。男が玄関の扉のドアノブを使い首を吊ったという。その後何人かが住んだが、いずれもすぐに退去したそうだ。

 悩んだ大家は、それを逆手にとり「ついでに本当に怪奇現象がとれるかもしれないスタジオ」として貸すことにしたという。

 伊東さんはもともと霊能者として仕事をしていた。

 スタジオとなった部屋の隣も、気味悪がって人が居着かず、伊東さんに住んでもらえないかと打診があったそうだ。


「ちょっと部屋見てみるか」

 伊東さんはそう言って、スタジオに入った。

「あー、そろそろ掃除しなきゃなぁ……」

 とつぶやく伊東さん。

 なんのことかと尋ねたところ、この部屋は自殺者の霊のたまり場となっているとのこと。最初に自殺した男は既に成仏しているが、栄一さんのように「心霊現象」を期待してやってくる人々に憑いてきて、ここで暮らすモノたちがいるそうだ。

「自殺霊ってのは寂しいもんでね。本音のとこを言えばこの世に未練がある。そういったやつらがここで溜まっていくんだよ」

 と伊東さん。

 彼は、定期的にこの部屋をチェックし、この世に留まるのに疲れたモノたちを「上げる」ことで掃除をしていたそうだ。

 

「また新しいのがきちゃったしね」

 と言う伊東さんに、栄一さんはなんのことか聞いた。

「そこのあんた(とアシスタントを指す)。連れてきてたよ」

 そう言う伊東さんに、昨日の彼の対応の違和感を思い出した。


 どんなものかと尋ねると

「ショートカットの女。髪が一部金髪だね。ちとたちが悪そうだから、後で無理にでも片付けとくよ」

 と伊東さんは答えた。


 出来上がった映像には一連の騒動がはっきりと写っていたが、流石にそれを売り物にする気にはなれず、ボツとなったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る