第86話 アパートスタジオ 前篇

 栄一さんは映像制作会社のプロデューサーだ。とはいえ、テレビなどの大口の仕事を受けるほどの規模ではなく、インターネット広告などの仕事を細々とやっていた。

 そんな中、ホラーDVDを制作し販売したところ、予想以上の反響を呼び、かなり売れた。シリーズ化も視野に入れていたため、2作目を作ることにしたという。


 そのホラー作品はいわゆるモキュメンタリーというもの。疑似ドキュメンタリーという形で、いかにも事実であるかのように俳優に演じてもらう。主演は架空の映像制作会社のプロデューサーとそのアシスタント役のふたりだった。絶妙なタッグを魅せてくれ、いい作品になったと栄一さんは思っていたとのこと。


 2作目を制作する際、アパートを借りる必要が出てきた。出演者が事故物件に潜入調査するといったシーンを撮るためだ。前作が売れたとは言え、まだまだ予算は厳しい。どこか安いところはないかと探していたところ、同業者からある物件を紹介された。アパートの一室をスタジオとしてレンタルしているところだった。

 なんでも、そこは本当に事故物件らしく、そこで作品を撮ると「なにか」が映り込むことが多いとのこと。そのため、一般的なドラマなどでは敬遠され、ホラー物を撮りたい層に人気があるらしい。


 栄一さんは紹介されたアパートスタジオの持ち主と連絡を撮った。こちらの希望の日時を伝えたところ、なんなく借りることができたという。

 スタジオとなる部屋は角部屋だった。

 少し奇妙だったのが、貸主から

「撮影する日はお隣の方に挨拶するといいですよ」

 と伝えられたこと。

 当然ながら、撮影を行う際は普段挨拶している。今回も初めからそのつもりだった。「してください」ではなく「するといいです」という言い回しに違和感を覚えたのだそうだ。

 

 撮影の当日。

 作品の都合上、撮影は夜だ。夕方頃に隣の部屋を訪ねた。「伊東」と書かれたドアプレートの下にあるチャイムを押す。

「はい」

 と出てきたのは大柄な男だった。

「今晩、隣で撮影させていただくことになっておりまして」

 と言いながら菓子折りを渡す。

「あー……ホラー的なあれ?」

「はい」

「俺、眠り深いから少々うるさくても気にならないから、まあ、頑張んなよ」

 男はにっこりと笑って言った。

「ありがとうございます」

「んー……」

 彼が栄一さんの後ろに控えている他のスタッフを眺めた。なんだろうか。人が多すぎると言われたらどうしようか、考えていると

「まあ、なんかあったら明日の朝にでも来てくれていいよ」

「はぁ……」

 なんだか訳知り顔のような不思議な対応。こういった撮影でのドタバタに離れているのだろう。何せ「曰くあり」のスタジオだ。後日になって、詳細を聞きにくる者もいたのだろうと、軽く考え、挨拶を済ませた。


 夜になり、プロデューサー役とアシスタント役が部屋に入るところから撮影を始めた。

「なんだ、普通の部屋っぽいなぁ」

 とプロデューサー役。

「そうですねぇ……」

 とアシスタント役が返す。

 撮影は順調に進んでいったが、少しずつおかしなことが起こりはじめた。


(続く)

 

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