第85話 キャンプにて

 隆史さんはある夏の日に川辺でキャンプをしたという。友人の司さんと直樹さんと連れ立ち、昼間は川で水遊びをする計画。

 暑い日差し。同じことを考えていた人もいるようで、川辺には幾人かの人々が集まっていたそうだ。

 川は水が常に流れているが故に冷たい。なにより海の塩気で身体がベタつくこともなく、夏のレジャーとしては手頃ではある。しかし、その一方で危険はあるのだが。

 

 隆史さんたちが訪れた川にも立て看板があった。かつて数件水難事故があり、その警告がされていた。川の中程はやや深みがあるところがあり、危険とのこと。

 そのため、みな水際あたりで遊ぶにとどまっていた。

 制限があっても、非日常的な遊びは楽しいものだ。隆史さんたちもいつしか子ども心に返って遊んでいたという。


 日が傾いてくると、遊んでいた人々は撤収をはじめた。帰る者や、キャンプを楽しむ者。キャンプをする人々の中には定番のバーベキューの準備に取り掛かっている者もいたとのこと。


 隆史さんたちも同様にバーベキューとビールを楽しみ、一日を終えた。食器類は片付けたが、テーブルは翌朝使うことも考えてそのままにしておいたそうだ。

 その夜のこと。

 深夜、隆史さんはふと目が覚めた。なにか音が聞こえたような気がしたのだ。

-バシャッ、バシャッ

 その音は、川から聞こえてくる。

 やがて司さんと直樹さんも目を覚ました。

「なんだ、あの音」

 と司さん。

「まさかクマとかじゃねぇだろうな……」

 と直樹さん。

 バーベキューの材料はしっかりと食べ尽くし、外に置いてある食料はクーラーボックスの中にあるものだけだ。それを狙った生き物が出てきたのだろうか。

 三人とも耳をこらし、外の様子を伺った。

-ザリッ、ザリッ

 「なにか」は陸に上がったらしく、川辺を歩いている音がする。高まる緊張感。しかし、為す術もない。ただ静かに様子をみていると、その音はまた川の方へと戻り、再び水音をたてて、やがて消えた。


「なんだったんだよ、あれ」

 ため息交じりに隆史さんはつぶやいた。

 分からないが、危機は去ったのだろうというのが、みなの結論だった。


 翌朝。 

 若干の寝不足を感じつつ、朝食の準備のためにテントから出た。

「うわっ」

 司さんの声にふたりが注目すると、外に置いてあったテーブルに泥が沢山付いている。

「うわぁ……これ、昨日の生き物がなんか漁ったんじゃねぇか」

 隆史さんがそれを拭きながら答えると、後ろから直樹さんが言ったそうだ。

「いや、お前らこれ見てみろよ」

そう言われて彼が指さしたクーラーボックス。そこには明らかに人ものと思われる泥の手形がついていたそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る