第83話 藁人形

 七海さんは転職を機に引っ越しをした。資金には特に問題はなく、貯金で充分賄え、新しい住処すみかに満足していたという。


 引っ越して数日後から、異変が始まったとのこと。それはある夜のことだった。七海さんが部屋でくつろいでいると、ドアポストからゴトゴトとなにか音がする。気になって見にいったところ、ぽとり、となにかが落ちた。

 薄暗かったため、それがなにかよく見えず手にとって確認した。

「ひっ」

 思わず投げ捨てたそれは、藁人形だった。ご丁寧に人形の腹部に釘が打たれている。触りたくもなかったが、そのままにしておくわけにもいかず、さりとてどこかに相談するというほどのことでもなく、七海さんはそれをゴミ箱に捨てたそうだ。


 それ以来、藁人形が度々投函されるようになった。また、それに伴い七海さんの身体に異変が起きはじめたそうだ。胸が痛い。刺されるような鋭い痛み。そう、まるで五寸釘を打たれたような。

 呪いなどあるはずもないし、あったとしても心当たりなどない。七海さんは病院に行ったが、医師の診断では健康そのものとのことだったという。


 そんな相談を彼女が私に持ちかけてきた頃には藁人形がこれまで投函された数がいくつか分からないほどだったという。

「誰が投函してるかって確認しなかったの?」

 と問うと

「一度、ドアスコープから覗いたことがあったんです。そしたら、ドアスコープにめがけてなんだかキリのようなものを打ち込まれちゃって。それでドアスコープが壊れたんですよね」

 一瞬のことで、相手は誰か分からなかったとのこと。警察にも相談したが、藁人形を投函されているだけではどうにもできず、ドアスコープを壊されたという被害届を出すだけにとどまったそうだ。


 七海さんが相手と直接対峙する機会がこれまでなかったのは、むしろ安全だったと言えるかもしれない。そのような行為をする輩など、出会った日にはなにが起きるかわかったものではないだろう。


 しきりに胸の痛みについて語る彼女を、私はある場所へ案内した。そこは古書店。オカルト系の本を扱っている、少しマニアックなそこには私が信頼しているある霊能者がいる。鞠絵さんだ。事前にアポイントをとっていたため、鞠絵さんは臨時休業をとっていてくれた。意外にこの店は繁盛しているらしい。


 ことの経緯けいいを説明し、一番最近届いた藁人形を鞠絵さんに見せると、彼女はくすっと笑った。

「これ、気にすることはないわよ」

「でも、私、胸が痛くなったんです」

「んー、それはね、思い込み。呪われてるんじゃないかってどこかで思っちゃってるからそういうのが出たの」


 その藁人形には、確かに悪意が込められているらしい。しかし、鞠絵さんの見立てによると、その悪意を向けている相手は七海さんではなく前の住民とのこと。しかも、その人形から発せられている悪意のスジ(と鞠絵さんは言った)は途中で切れていてどこにも届いていないそうだ。


「どこにも届かない悪意は、ある程度溜まったら本人に返っていくでしょうね」

 と鞠絵さん。

 その言葉に安心したような顔を七海さんはみせた。


 それからのこと。数回藁人形が届いたが、その後はピタリと止んだと七海さんから連絡があった。

 相手がどうなったのか、私は鞠絵さんに聞いてみたが、曖昧な笑顔をみせるだけでなにも教えてくれなかった。

 

 

 

 

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