第82話 万華鏡
千帆さんは大学生。学問に励む一方、月に一度とある神社の境内で行われる市を見にいくのが楽しみのひとつだ。そこではいかにも骨董というようなものから、ガラクタのようなものまで様々なものが売られており、目にも楽しい市だ。
ある日、友人の絵里さんとそこへ出かけた。売られているものをひやかしながら歩く。ちょっといい感じのものを見つけても、大学生の身では少々高いものもあり、なにかを買うというよりも眼福を味わうといったのが通例だったそうだ。
そんな中、ひとりの老女が売っているものに目を惹かれた。彼女の前には万華鏡がいくつも並べられている。値段もそれほど高くなく、和柄の筒の美しさに見とれ、足を止めた。
一方、絵里さんは少し気になるものがあったらしく、今きた道を戻って見直してくるという。その間に千帆さんは老女と話をはじめた。
なんでもその万華鏡はすべて彼女の手作りとのこと。筒の和柄は昔の着物の端切れを使ったもので、それを作るのが彼女の趣味だそうだ。
ひとつ手にとって覗いてみる。子どもの頃にみた万華鏡とは少し華やかさには欠けるがどこか素朴で、千帆さんは一目惚れしたとのこと。料金を払い(少しオマケしてもらって)、カバンに仕舞った。
そこへ絵里さんが戻ってきた。どうやらなにかの瓶を買ったらしい。
互いにそろそろ疲れたので、その日は帰ろうと市を出ていった。千帆さんの下宿先はその神社の近くにある。コンビニエンスストアで飲み物や菓子を買い、絵里さんとその日買ったものを見せあうことにしたとのこと。
絵里さんの買ったのは小さな小瓶。
「これ、なんの瓶?」
「昔の薬の瓶らしいんだけど。なんとなく可愛くて気になってたのよね」
「ちょっとレトロで可愛いね」
実用はできなさそうだが置物としてはなかなか味がある。
「千帆はなに買ったの?」
「万華鏡だよ」
「へぇえ! ちょっとみせて」
絵里さんはそういって万華鏡を覗き込んだ。
「へぇ……なるほどねぇ……手作りなんだ」
そう言いながらくるくるとそれを回す絵里さん。
「あ。あれ? これって……」
絵里さんがなにか疑問の声をあげた。
「どうしたの?」
と千帆さんが問うと、
「ちょっとこれ、おかしいかも。多分もとに戻せると思うから、ちょっと分解してみてもいい?」
思わぬ言葉に千帆さんは戸惑ったそうだ。しかし「おかしい」と言われれば気にはなる。絶対にちゃんと戻してね、と念を押して絵里さんの申し出を受けた。
絵里さんが外そうとしたのは、万華鏡の先の部分。飾りが入っているところだ。蓋をあけ、中身をみた絵里さんは
「嫌ぁっ!」
と叫んで投げ出した。
「ちょっと、止めてよ。壊れちゃうじゃない」
「見て、よく見て」
そう言われて床に散らばった万華鏡の中身をひとつ手にとり、千帆さんも思わずそれを投げ捨てた。
爪だ。
爪切りで切ったようなものから、明らかに生爪を剥がしたようなものまで大小様々なそれに色が付けられている。爪だと分かったのは形。また、色が付けられていないものも混じっていたからとのこと。
「これ……爪だよね」
「そうだよう、なにこれ、なんでこんなの売ってたの」
あまりの気味の悪さに直接手に触れることすら嫌悪感を覚え、モップでそれらを片付け、捨てた。
翌月の市で、老女に話を聞こうと思ったふたりだったが、彼女はいなかった。その後も彼女の姿を見ることはなかったという。
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