第81話 ストーカー

 恵美さんは1年ほど前に半年ほど付き合った恋人と別れたという。主な原因は彼の執着心。やたらと恵美さんの行動を気にする、いわゆる「束縛系」というやつだった。

 初めはそれほど愛されているのだと思っていたが、だんだんと重荷になってきて恵美さんの方から別れを告げた。当然のことながら彼は納得しなかった。

 彼の名を仮に良二とここではしておく。

 良二は未練がましく恵美さんに度々メールや電話を送ってきた。恵美さんは最初は対応していたものの、あまりのしつこさに無視するようになったという。

 

 それから良二に変化がみられた。大学やバイト先への行き帰りに彼がどこかで現れる。時には付いてまわる。

 恵美さんは少しずつ恐怖を覚え、警察に相談したものの「パトロールを強化します」のひとことで片付けられた。

 そのうち大変なことになるのではないか。恵美さんは防犯ブザーを携帯するなど身を守るために色々と準備をしていた。


 そんな恵美さんにも新しく気になる相手ができた。同じサークルの隼人はやとという先輩である。まだ恋人未満で友人といった関係だが、隼人さんもまた恵美さんのことを好ましく思っているように感じていたそうだ。良二と別れてから4ヶ月目のことだった。

 良二は恵美さんの「心変わり」に気づいたのだろう。ストーカー行為はより激しくなってきた。毎日のように尾行される日々。恵美さんも少しずつ心が病んでいくのを感じていたそうだ。

 

 散々我慢して2ヶ月目。隼人さんと付き合うことになった。相変わらずストーカー行為は収まらなかったが。良二からは恵美さんを罵倒するメールや電話が届くようになってきた。

 隼人さんと付き合いはじめて1週間ほど経った頃のこと。恵美さんのアパートの部屋の前に良二がいた。それまでは付きまとうだけだったのにここまで来たのは初めてのことだ。恐怖で固まった恵美さんは踵を返してそこから立ち去り、隼人さんのアパートへ逃げ込んだ。


 翌日。隼人さんからの提案で、良二の家を訪ねることにした。彼は実家から大学に通っており、親へ現状を訴えることにしたのだ。

 良二の家のチャイムを鳴らすと母親と思われる人物が出てきた。

「あの、良二さんのことで……」

 と恵美さんが言うと

「あぁ、ありがとうございます」

 と答える母。

 ありがとうの言葉に違和感を覚えたが、家の中に案内された。リビングに通され、隼人さんと話していると、母親がお茶を持ってきて

「どうぞ、これを飲んだら線香を供えてやってください」

 その言葉に驚いた。どういうことなのだろう。驚きが大きすぎて言葉も出ずにお茶を飲む。


 その後、仏間に案内されると菓子などが沢山供えられた仏壇があった。

「先日三七日を終えたばかりです……」

 と母親は目頭を押さえる。

 最近では初七日は葬儀の当日に合わせて行うことが多い。ということは2週間は経っているということになる。しかし、その2週間の間にも良二の姿は度々見かけた。

 そんなことを言う雰囲気でもなく、良二がなぜ亡くなったのかなども聞くのがはばかられた。恵美さんたちは線香を供え、良二宅を出た。

 

 その後も良二の姿は何度も見かけたが、恵美さんは彼が「死者」であることを強く意識するようにし、無視を決め込んだ。すると少しずつ彼が現れる頻度は減っていった。


 隼人さんと結婚したという今では、全く出てこないとのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る