第79話 七人ミサキ

 裕太さんが子どもの頃の話。彼は山間やまあいの小さな村に住んでいた。遊具などがある、都会でいうところの公園はなかったが、自然に恵まれていたそこは子どもたちにとって遊び場の多いところだったそうだ。

 山に川、寺の境内など様々な場所で遊んでいたという。


 ただひとつだけ入ってはいけないとされている山があった。そこに入ると神隠しに合うと大人たちから言われており、裕太さんたちも子ども心に不気味さを覚えてそこには入らなかったという。

 わざわざそんな怪しげなところに入らなくとも、遊ぶ場所は沢山ある。そもそもその山に入る入口も藪で隠されてしまい、そこへ至る道は行き止まり状態だ。そんな訳で、その山に入る者は大人でもいないようだったという。


 ある年のこと。とある一家が村に引っ越してきた。なんでも村では人口の現象を憂いて移住支援サービスが行われていたという。小さな村だが、農業は盛んなところだった。ただ、後継者が不足してたため農地を引き継ぐ者がおらず、そういった計画が立てられたらしい。新しい住人にそれを継いでもらい、村人がそれを支援する、といったものだったそうだ。


 その一家には裕太さんと同じ年の少年がいた。彼の名は忘れてしまったとのことなので、仮に太郎とする。

 太郎くんは闊達かったつな少年だった。都会の香りを身にまといつつも、田舎の暮らしに興味津々で、すぐに裕太さんたちとも馴染んだという。

 

 ある夏の日。川で遊んでいた裕太さんたちだったが、太郎くんがふと例の山について聞いてきた。大人たちに言われたとおりに答えた裕太さんたち。太郎くんはそれを聞いて笑いながら言った。

「そんなの、ただ危ないから入っちゃダメってことじゃないの?」

「危ないって?」

「なんか危ない動物がいるとか……かな」

 神隠しなどあり得ないという話の流れになり、そのまま山に入ってみようということになった。


 裕太さんと太郎くんを入れて合わせて5人で山に入る。山の入口の藪は想像していたほど深いものではなく、簡単に入ることができたそうだ。獣道のような山道もある。もしかすると、ここは意外と人が入っているのではないかと裕太さんは思ったそうだ。


 山道を進んでいくも、さほど変わったことはない。普段遊んでいる山より薄暗い程度で特に興味をひくものはなかった。そろそろ帰ろうか、となったときのこと。

 どこからともなく読経のような声が聞こえてきた。低い男の声。それもひとりではないようだ。

 一気に襲う恐怖感。裕太さんたちは慌てて逃げ出した。藪を突き抜けて山からでたところ、太郎くんだけがいない。探しに戻りたいところだが、怖くでそれができず、叱られるのを覚悟で親に伝えた。

 真っ青な顔になった両親は近隣の住人にも知らせ、捜索隊が組まれた。村の若い者が7人集まって山に入った。

 その日は見つからず、翌日、そしてまたその翌日と探したが結局見つかることはなかったとのこと。


 山に入った裕太さんたちは集められ、村でも一番年寄りのお婆さんから話を聞くことになった。

 彼女の話をまとめると以下のようになる。

 この村ではかつて大不作の年があった。と言っても比較的豊かな土壌だったため、なんとかギリギリ生きていけるだけの食料はあったという。

 そんな中、7人の僧侶が村を訪れた。彼らは日本各地の霊場を周る巡礼の旅の途中だったそうだ。折からの不作は各地でも同様で、彼らが村に来た頃には長くなにも食べていない這々ほうほうていだったという。

 彼らの体力はもはや限界で、村人に助けを求めるも誰にもそんな余裕はなかったそうだ。何度も助けを求める彼らに対し、村人は農具を使って追い払った。僧侶たちは山へと逃げ、そしてそこで息絶えた。痩せこけた彼らの遺骸を見つけた村人たちは、良心の呵責かしゃくもありその場に丁重に葬ったという。

 それからというもの、その山では7人の僧侶の亡霊が現れると噂がたつようになった。やがて山に入ったものが帰ってこない現象も起きるようになり、村ではそれを周辺地域に伝わる伝承にならい「七人ミサキ」と呼んで畏怖するようになったという。

 

 山に入り、行方が分からなくなった者。それと知りながら放置するわけにもいかず、長い年月の中で捜索にあたるのは7人で向かうと安全であるという、ある意味おまじないのような結論が出た。とはいえ、消えた者は結局見つかることはなかったのだが。

 

 村では7年に一度、村で一番大きな寺の住職が山に入り、彼らの塚に読経をあげる習慣がいつしか根付いていた。もちろん、住職ひとりではなく6人の男たちを随伴ずいはんしてのことだ。それは今でも行われているとのことだった。


 一連の話を聞いた裕太さんたちは、山で聞いた複数人の読経を思い出して改めて恐怖した。

 太郎くんの両親は、しばらくは息子の帰りを待ちわびいて村にとどまったものの、数年後には誰にも挨拶することもなく、村を去ったという。


 

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