第50話 みたまさま
会社員の豊さんは、お盆休みに祖母の家を訪ねた。祖母の家は実家から歩いていけるところにあり、帰省する度にそこに寄っている。
豊さんが出されたお茶を飲んでいると、祖母が深刻そうな顔をして向かいに座った。どうしたのだろう、と思っていると祖母が口を開いた。
「あんた、最近困ったことになってないかい?」
「どういうこと?」
「あんたのことをお願いしに『みたまさま』のところにお参りに行ったらね、夜に怖い夢を見てねぇ、心配してるんだよ」
「また、みたまさまかぁ」
みたまさまというのは、この地域にある、いわゆる氏神にあたる神社のことだ。普段は神職もおらず寂れてはいるが、比較的広い境内を子どものころに遊び場にしていたとのこと。
年に一度お祭りが開かれ、その時は10歳未満の子どもを祠の中に入れ、祈祷のようなことをされる。それが終わると子どもたちは餅を与えられ、その場で食べる。つきたてのように柔らかいその餅が楽しみだったことを豊さんは今でも覚えているとのこと。
そんなみたまさまだが、地元では「みたまさまにお願い事をしにいき、その夜に悪い夢を見るとよくないことが起きる」という伝承がある。
とは言え、そういったことを信じているのは年寄りばかりで、豊さんの歳くらいの者はほとんど信じていない。
お茶を飲み終わった豊さんは、ふと思い立って、みたまさまの神社へ向かうことにした。
子どもの頃には広く感じた境内も、大人になってみると意外と狭かった。
神社の由来が気になり看板を見てみたが、ほとんど字が薄れて読むことができなかった。ところどころ「水」「贄」などといった文字が読み取れる程度で、祭神などもよく分からない。
祖母なら知っているかと、再び家に戻り話を聞くことにした。以下が祖母の説明による神社の由来だ。
昔、みたまさまが祀られているところには、ある祈祷師が住んでいた。その頃は普通の家で神社ではない。
村は農業など、それぞれが助け合って行っている。しかし、祈祷師の家は手伝うことはなくアドバイスをする程度で、故に半分差別され、半分敬意されるという不思議な立ち位置だった。
そんなある夏、雨が全く降らない日々が続いた。弱っていく作物を見た村人たちは祈祷師に雨乞いを願ったという。結果、見事に雨が振ったが、今度は止まなくなった。このままでは作物が腐ってしまう。今度は雨を止めるように祈祷師に依頼した。しかし、今度はなかなか雨が止まない。
村に流れている川も氾濫しそうな勢いで、村人は過剰な祈祷をしたのだ、と祈祷師を責め立てた。すると祈祷師は自身の娘を川に流し、贄として捧げると言い出した。幾人かの村人は流石の提案に止めようとしたが、村でも権力のある者がその案にのり、すぐにでもと言い出した。
娘は川に流され、結果見事に雨は止んだ。
しかし、ここから問題が発生した。祈祷師一家が相次いで病に倒れ、亡くなったのだ。しかも、贄の案に賛同した者も同じように病に罹ったり、事故などで亡くなったりする。村人たちはそれに恐怖を抱き、一家が全滅した祈祷師の家を神社にし、娘を祭神として祀ったのだという。
みたまさまとは「御霊」のことであり、村を守る神として大切に祀られてきた。
「あのお祭りで、子どもが祠に入って祈祷を受けただろ?」
と祖母。
「あれはみたまさまに捧げるのが本来の目的なんだよ」
「えぇ……」
「かといって、本当に持っていかれたら困っちまう。お捧げしようと思うが、できれば守ってやってほしいってのがあの儀式さね」
「へぇー」
「あのときに配られる餅は、祈祷をした餅米を使っていてね、まあ、連れて行かれないようにするためのまじないみたいなもんだね」
子どもの頃はなんとも思っていなかった祭りだったが、そう聞くとなんとも気味が悪かった。
実家から自宅に戻った数日後、豊さんに困った事態が起きた。仕事の同僚がミスを豊さんになすりつけようとしたのだ。手口は巧妙で、豊さんは窮地に追い込まれた。何度も説明を重ね、同僚の企みはばれ、彼は職場を去った。豊さんはその日々の苦労で胃を痛め、しばらく入院することになった。
これが、みたまさまが暗示したことなんだろうかとベッドの上で思う豊さんは、祖母がもうひとつ言ったことが気になっているという。
「最近じゃあ、子どもも少なくなってきたしねぇ。お祭りも縮小化しようっていうんだけど、あたしはなんだか嫌な予感がするんだよねぇ」
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