第49話 死んでなお
英二さんは大学生時代に叔父が経営する喫茶店でアルバイトをしていた。その喫茶店は叔父が所有するビル(とは言っても4階建てのものだが)の1階部分にあった。
自身の所有物件であるため、叔父は賃料を払う必要がない。そのため、どのメニューも安めの設定にしてあり、かつ凝り性の叔父らしく味はなかなかに美味い。安くて美味しいとなれば人気が出そうなものだが、若干不便なところにあるため、さほど客入りはよくない。悪くもないのだが。
客が退店したあと、いつものようにテーブルを片付けていると、
バンッ!!!!!
と外から大きな音が聞こえた。あまりのことに手に持っていたトレイを取り落としそうになったが、なんとか持ち直した。トレイをテーブルに置き、外を確認する。
明らかに店の前で音がしたように感じたが、そこにはなにもなかった。
「叔父さん、今の音ってなんよ?」
「あぁ、お前も聞こえるようになったか。もしかしたら見えるようにもなるかもな」
「なんのことさ」
叔父の話によると、10年ほど前、このビルの屋上から飛び降りた男性がいるという。飛び降りといえばもっと高いビルを選びそうなものだが、なぜか彼はここを選んだ。
「自殺未遂に失敗したってとこじゃないか?」
と。叔父。
「でも4階なら普通はアウトでしょ」
「まあ、そこんとこはよく分かんねぇけどな」
屋上にはビルを管理するための設備がいくつかあり、よく利用するため時折カギをかけるのを忘れていたらしい。
そこを狙われたのか「彼」はここから飛び降りたそうだ。
しかし「彼」はその瞬間を何度も繰り返しているという。叔父は霊感などはないが、なぜかその風景だけは視ることができるそうだ。
上から落ちてきて地面に叩きつけられる男。無傷の自分を見て、またビルに戻っていく。
毎日ではないが月に数回はその風景を視るそうだ。
初めは気の毒に思っていた叔父だが、何度も繰り返されることにうんざりしてきているという。
「自殺だけはやめとけ。死んでもなお、苦しむだけだ」
叔父はそう言いながらコップを磨いた。
唯一の救いは、毎年の命日に彼の遺族が花束を手向けにくると、その現象がしばらく収まることだという。そして、少しずつ現象は少なくなってきているそうだ。
彼がいつか、自身の死を理解する日がくることを英二さんは願わずにはいられないとのことだ。
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