第47話 逢魔時

 拓巳さんが高校生のころの話。

 彼は当時いわゆる文化系サークルに入っており、帰りはいつも夕方になっていた。拓巳さんが住んでいる家の辺りは静かな住宅街で特に人通りがあるというところではなかったという。

 そんなある日。

 いつものように家路を辿たどっていると、小さな四つ角でひとりの老婆がカバンを地面におろして突っ立っていた。さほど重そうにも見えないが、実は重かったりするのだろうか。そう考えた拓巳さんは老婆に声をかけた。

「荷物、お持ちしましょうか」

 すると老婆がニコリと笑って、

「お願いできると嬉しいねぇ」

 と言った。


 カバンをひょいっと手に取ろうとしたが、意外な重さに面食らった。ずしりとくる、奇妙な重さ。カバンの口が空いていたので中身が見える。そこには泥がみっしりと詰まっていた。それだけにしても重いのだが。

「すまんねぇ、どうにも重いんだよねぇ」

 老婆がニコリと再び笑ったが、その笑みはどこか奇妙な雰囲気をまとっていた。

「どちらまで?」

 そう拓巳さんが聞くと、左の方から

「こっちだねぇ」

 と答える老婆。

 言われるがままにその方向を見ると、老婆の姿はどこにもなかった。

 

 思わず取り落としたカバンがグチャッと音を立てて地面に落ちた。

 その後、拓巳さんは走って家まで帰った。


 息を切らしながら居間に入ると、祖母がお茶を飲んでいる。

「どうしたの、そんなに慌てて」

 そう聞く祖母に、事の次第を拓巳さんは話した。

「ああ、逢魔時だねぇ」

「逢魔時って、あの怖いヤツに遭いやすい時間帯ってのだっけ」

「そうそう、それでね、こうとも書くんだよ」

 祖母はそう言って、手元にあった紙とペンで文字を書いた。


-大禍時


 見るだに忌まわしい、恐ろしげな単語。拓巳さんは背筋がぞくっとしたという。あの不気味な老婆は、なにか禍々しいモノであったのだろうか、と思ったのだ。

「あと四つ角っていうのもねぇ……悪いモノが出るって昔から言うねぇ」

 と、祖母がつぶやいた。


 それから一週間後。「こっちだねぇ」と老婆が行った先にある家に住む夫婦がでかけ先で土砂崩れに巻き込まれて亡くなった。それは偶然だと思いたい、という拓巳さんだった。


 

 

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