第46話 冥婚
マリさんはつい最近まで不気味な夢に悩まされていたという。眠っているとふと目が覚める。正確には、覚めたという夢だ。すると天井から大きな手がぬっと現れ、マリさんを掴もうとするのだそうだ。手は半透明で実体を持っている風ではなく、マリさんの身体を探りながらも掴むことができず、やがて消える。
そんな夢を何度も見ているうち、やたらと怪我をするようになった。初めのうちは段差で
ある日の夜もいつもの夢を見た。まだ骨折したばかりの時のことだという。いつもなら手が消えていくだけだったが、ベッドの足元に誰かが立っている姿を見た。それは先日病気で急逝した幼馴染の真くんだったという。
悲しそうな顔をし、後ろを振り返り去っていった姿を見て、そういえば彼の一周忌が近いことを思い出した。
真くんは死因はガンだった。若いために進行も早く、あっという間のことだった。マリさんも何度かお見舞いにいったが、彼の命がそう続かないことはひと目で分かったという。
葬儀の際、顔を見せてもらったものの、やつれ果てたその顔に激しい悲しみを覚え、マリさんは泣いたとのこと。
それらのことを思い出し、マリさんは真くんの仏壇に線香を供えに行くことにした。手に怪我をしていることに驚いた真くんの両親に、マリさんは苦笑いしながら最近のことを話した。
すると両親は青ざめ、深々と頭を垂れて謝罪してきた。
突然のことに、驚いたマリさんが事情を聞いたところ、次のような答えが返ってきたという。
真くんはマリさんに仄かな恋心を抱いていた。入院中もマリさんの写真を持っていたらしい。幼馴染の思い出話のつもりで語っているであろう真くんだったが、そこに恋心があることに両親はすぐ気づいた。
そして、真くんが旅立つ際、死装束の胸元にマリさんの写真を収めたのだという。
なんだ、そんなことか、とマリさんは笑ったそうだ。それくらい大したことではないと感じたマリさんは、気にしないでほしい旨を両親に伝えたという。
しかし、両親は頑なに謝罪の意向を示し、つい先日かなりの金額を菓子折りと一緒に持ってきたのだそうだ。
「得しちゃいました」
そういって笑うマリさんに、私は思わず大きな声をあげた。
「冥婚みたいなもんじゃないか、それ!」
「メイコン???」
未婚のまま亡くなった死者に、仮の結婚相手を見立て共に送り出す。ただし、その相手は架空の人物でなければならない。なぜなら実在する人物の場合、死者が連れていってしまうと伝えられている。
真くんの両親は、ただ純粋に思い出のものとしてマリさんの写真を収めただけかもしれない。しかし、頑なに謝罪し、お金まで持ってきたところを見ると自分たちがやったことの意味を多少は理解しているといったほうがいいだろう。
そのことをマリさんに伝えた数日後、彼女は腰まであった長い髪をばっさりと切った。
「これで見失ってくれるといいんですけど……」
彼女は不安そうにそういったが、その後怪我はしなくなったという。
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