第45話 呪
亘さんが大学に通うためにある地方都市に移り住んだ時の話。
そこは彼の両親の実家に近く、それ故に土地勘もあるため新しい生活に不安はなかった。アパート暮らしをする予定だったが、すでに鬼籍に入っている叔父夫婦の一軒家に住むことになった。体の良い管理人を押し付けられたと言っていいだろう。
友人が増えれば、彼らを泊まらせるスペースも十分にあり、多少古臭さはあるものの生活用品はほぼ揃っているので文句の言いようがない。
亘さんは一階の和室を寝室にすることにした。二階部分は利用しないつもりだったという。使うなら掃除をする範囲が広がってしまうし、トイレは一階にあるので階段の上り下りも面倒だからとのこと。
その部屋は叔父夫婦も寝室にしていたらしく、押し入れには布団も一式揃っていた。引っ越してすぐ庭で干し、その夜から利用することにした。
学生にして一軒家の持ち主。なんとも奇妙な状況に布団の中で笑ってしまった。
日々は慌ただしく過ぎていき、サークルにも入った亘さんは家に帰るのも遅い日が続いた。
そんなある晩。いつものように遅くに布団に入った亘さんはなにやら重苦しい空気を感じた。思わず目を開けると、常夜灯の僅かな光になにやら影のようなものが見える。染みだろうか。そんなものはあったろうか。
そうこう考えているうちに、昼間の疲れで再び眠りに落ちた。
翌朝、天井をよく見てみると、小さな黒い染みがあるのが分かった。昨晩みたものとは違うような気がするが、特に気に留めるものでもなさそうと判断し、大学へ向かった。
それが始まり。その日から部屋にこもる重い空気で目が覚める現象が続いた。試みに部屋を変えてみたところ、あの部屋からなにか音がする。しかし、その部屋で眠ると音は聞こえない。
音が聞こえる不気味さと、重い空気の不気味さ。結果、亘さんは音が聞こえずに済むように元の寝室に戻ることにしたとのこと。
そこにきてようやく亘さんは天井の染みを改めて見てみた。親指大ほどであったはずの染みが手のひらくらいの大きさになっている。これは一体どういうことなのだろうか。
実家の両親にこの家について聞いてみても、心当たりはないという。
気味が悪い日々を過ごす中、亘さんにも友人が増えてきた。
ある晩、友人数人と家で飲み会をすることにした。彼らは実家ぐらしで大学から少々距離があるため、飲み会後は泊まらせる予定だ。
学生にして一軒家。そんな話題で盛り上がっている中、亘さんは例の染みの件について話した。
当然のことながら皆気味悪がる中、一番仲の良かった満さんだけが違う反応を見せた。
「それ、天井裏確認したほうが良いんじゃないかな」
亘さんの寝室になっている部屋は二階部分がなく、押し入れから屋根裏に入ることができる。
「なんかあるってことか?」
「かもね、って話なんだけどな」
そうなれば今すぐにでも、と場が一気に盛り上がったが、それを制止したのは満さんだった。
「なんか、マズい気がする。うちの伯母さん、『そういう系』の仕事してるから頼んでみるよ」
「金……ないんだけど」
ためらう亘さんだったが
「元々これくらいなら大してとらないと思うし、友達ってことで頼み込んでみるさ」
その言葉で場は収まり、結局飲み会のあとは酔っ払ってそのまま雑魚寝した。
後日。
満さんは、鞠絵と名乗る伯母をつれて亘さんの家にきた。
鞠絵さんは天井を眺めてため息をつき「待っていなさい」といって天井裏に忍びこんでいった。
10分ほどで彼女は降りてきたが、手には何やら箱のようなものを持っている。
「伯母さん、それなに?」
「
「しゅ???」
満さんと亘さんは思わず同時に同じことを言った。
「『呪』と書いて『しゅ』って読むのよ。誰かが置いたんだろうけど、誰がなんのつもりだったのやら」
「良くないものなんですか?」
亘さんは聞いた。
「まぁ、悪意の塊みたいなものがはいっていたからねぇ。見てみる?」
「え?伯母さん、それ見ても大丈夫なの?」
「ええ、本体は取り出したから見てもだいじょうぶよ」
開けると中にはなにか人型の紙切れと髪の束が入っていた。本体とやらはないらしいがこれでも十分気味が悪い。
鞠絵さんは「片付けておくから」と言ってそれらを持ち帰った。
それから1週間ほど経っただろうか。ある日、満さんが神妙な顔つきで話しかけてきた。
「伯母さん、急に体調崩して、今かなり危ないんだよ」
「え、それって……」
「多少は話はできるんだけど『舐めすぎていた』とか『無理だった』ってずっと言ってて」
「……」
「同業者って人がなんとかするって言ってたけど、かなり危ないものだったみたい」
「えぇ……」
鞠絵さんのことも心配だが、そんなものの下で寝ていた自分にもぞっとする。
「家のほうはもう大丈夫みたいだけど、誰なんだろうね、それを置いたの」
「分かんねぇよ……」
叔父夫婦は大層仲がよかった。叔父が病に倒れて亡くなった後、追うようにして同じ病で妻のほうも亡くなった。
「呪」をかけたのは誰なのかは未だ不明だが、明らかにすべきではないことのように亘さんは思っているという。
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