第44話 大福とばあちゃん

 詩織さんの祖母の初盆の時の話。

 初盆ということもあって、割と多くの親戚が集まり、法要の場は些少の賑わいをみせていた。それぞれお供え物を持ち寄り、仏壇の周囲は祖母が好きだったもので溢れていたという。


 従兄の慶太が少し遅れてやってきた。彼は片手に袋をぶら下げていた。

「それ、なに?」

 詩織さんが聞くと

「ばあちゃんが好きだった、○○堂の大福だよ。供え物としてはそぐわないけれど、やっぱ好きなもの置いてあげたくてね」

 と彼は応えた。慶太はかなりのおばあちゃんっ子で、なにかにつけ祖母を気にかけていた。葬儀のときもかなり嘆いていたのを覚えている。しかし、火葬の際、炉にいれられる時はなにやらぼんやりしていた。その時は泣きつかれたのだろうと思っていたのだそうだ。


 賑わっていた席も法要が始まるとさすがに引き締まる。僧侶があげる読経。退屈なそれを聞きながら、祖母のことを思い出していた。

 詩織さんは、ふと自分の前に座っている慶太の背中が気になった。ふるふると震えているのだ。泣いているのだろうか。初盆とは言え、祖母が亡くなってからある程度時間は経っている。それでもなお、吹っ切れない想いがあるのだろうか。

 

 -ざっ


 慶太はそっと立ち上がり、そそくさとその場を後にした。親戚たちは不思議そうな顔を一瞬浮かべたが、すぐに平静を取り戻した。


 法要が終わり、居間にいくと慶太がお茶を飲んでいた。

「どうしちゃったの?」

 詩織さんがそういうと、慶太はぶはっとお茶を吹いた。慌ててそれを拭きながら彼が答える。

「ばあちゃんが……ば、ばあちゃんが」

 泣いているのかと思えば、必死に笑いをこらえているようだ。

「どうしたのよ」

「お坊さんがお経をはじめたらさ。そのとなりにばあちゃんが出てきたんだよ」

 何とも珍妙な答えだが、彼はいわゆる「見える人」だと一族には認識されているとのこと。

「へ???」

 知っていてもやはり実際に聞くと戸惑ってしまう。

「ばあちゃん、お坊さんの顔を見ながら、俺が買ってきた大福食べ始めてさ」

「……」

「一個食ったらもう一個に手を伸ばすんだけど、当然ものは消えないから延々と食べてるわけ。で、俺の方見てにやって笑ったんだよ。もう、俺。笑いが止まらなくなりそうでさ」

 それは確かに笑ってしまう風景ではあるだろう。それにしても本当に帰ってきたのだなぁと詩織さんは不思議なところで納得した。

「そう言えば、火葬のときに慶太くん微妙な顔してたけど、それもアレ?」

「そそ。ばあちゃん、自分の棺の横に立っててね。棺が炉に入っていったから慌てて追いかけてたの。俺、笑っちゃいけないってすげぇ我慢して、無になってた」


 思えば祖母は少しチャーミングなところのある人物だった。彼女の性格を考えると、一族を悲しませることは嫌なことだろう。

 慶太の話を聞いた他の親戚たちも「ばあちゃんらしい」と大笑いした。その後の昼食会も大いに盛り上がり、互いの近況報告をしあった。


 そんな場にしてくれた祖母に詩織さんは感謝し、慶太と目を合わせて笑ったそうだ。

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