第42話 死装束
茜さんは高校二年生。修学旅行を目前にし、楽しみにしていた。しかし、そんな折に祖母が倒れて入院することになった。
詳しい検査をしたところ、心臓がかなり弱っており、余り先は長くはないのではないかとのことだった。無論、そのことは祖母には伏せた。
おばあちゃんっ子だった茜さんは、修学旅行に行くのを
修学旅行のことは祖母も知っている。修学旅行に行かないといえば、祖母は自身の身体のことを知ってしまうかも知れない。茜さんは迷いに迷った。
お見舞いに行ったときのこと。祖母は笑顔で出迎え、茜さんの手になにかを握らせた。見てみるとそれはお小遣い。
「旅行、楽しんでおいでね」
そう言ってまた祖母は微笑んだ。
修学旅行には行くことにした。京都と奈良をめぐる旅。訪ねたスポットは土地柄寺社が多く、その全てで祖母のことを祈った。
旅行から帰って数日後。随伴していたカメラマンが撮影した写真が販売された。校舎の壁に貼られたそれらの中から、自分が写っているものを選んで注文した。
手元に届いた写真を友人たちと見る。同じ班で行動していたため、同じ写真も多い。思い出話をしながら眺めていると、友人のひとりが声をあげた。
「あれ? このおばあちゃん、私たちとずっと同じコースを巡ってたのね」
そう言われて一枚の写真を見てみた。カメラに向かって微笑む茜さんの後ろの方に
それよりも茜さんを驚かせたのは、その女性が祖母に似ていたということだ。そしてその着物にも見覚えがある。子どもの頃、母が仕事で忙しく参観日に来れないときなどはその着物を着た祖母が代わりに来てくれていた。まさか、とは思うが写真の女性の表情の穏やかさに不思議と恐怖は覚えなかったという。
その日の帰り。茜さんは病院に立ち寄ることにした。祖母は寝ているようだったが、ベッドに近づくと、ふと目を開け、
「楽しかったね」
と言って、また眠りに落ちた。それが最期の言葉となり、祖母が目を覚ますことはなかった。
祖母の物言わぬ身体を自宅に連れて帰り、通夜に向けての準備を両親が始めた。祖母は病院で着せてもらった浴衣姿だ。茜さんは、あの萌黄色の着物を着せてあげたいと強く感じた。
程なくして葬儀社から派遣された納棺師がやってきた。死装束の準備を始めている姿を見て、茜さんは思い切って両親に写真を見せ、自分の希望を伝えた。ふたりとも驚いていたが、快諾してくれた。
納棺師にも説明すると、
「ご希望のお着物があったんですね」
と、驚くこともなく、優しい口調で応えてくれた。棺で眠る祖母は、どこか穏やかで、そして美しかった。
-楽しかったね
そう言った祖母。あの旅行の数日、茜さんを見守りながら旅を楽しんでいたのかもしれない。その姿を想像すると、少し可笑しくなって微笑んでしまうと彼女は話を結んだ。
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