第41話 ビー玉
恵美子さんは大学で映画鑑賞サークルに入っていた。その時にした体験。
サークルでは毎週水曜日に映画を観にいき、その後飲み会をしながら感想を述べ合うのが通例となっていた。「例会」とも呼ばれており、それは割合と重要な集まりでもある。
恵美子さんは当時実家を出て一人暮らしをしていた。
その日も例会を終え、ほろ酔い気分で帰宅。化粧を鏡の前で落としていると、背後からコツン、という音が聞こえた。
-なんだろう
後ろを振り返ると、フローリングの床の上をなにか転がるものがある。手にとってみると、それは赤いビー玉だった。なぜこんなものが? 音がしたということはどこかから落ちたのだろうか。手のひらの上の照明に照らされて輝いている。内部のマーブル模様も美しく、奇妙さを忘れて魅入った。
恵美子さんは子どもの頃、ビー玉が好きだった。よくよく見ると同じものがひとつとしてない小さなガラス玉。よく通っていた駄菓子屋にもそれは売っており、お菓子を買うついでにたまに買っていた。遊びには使わず、勉強机の上に飾っていたのを覚えている。そういえば、赤いビー玉が一番好きだった記憶がある。
どこからやってきたのか分からないそれを、恵美子さんは化粧台の上に飾った。悪くない。子どもの頃を思い出し、思わずふっと笑ったそうだ。
次の日の夜。また同じ音がし、そして床にビー玉が落ちていた。これは一体なんなのだろうか?
今度のビー玉も赤。昨日の夜のそれとはまた違う風合いのものだ。
少し気味が悪くなり、ふたつのビー玉を棚の引き出しにしまい込んだ。
果たしてその次の日も、そしてまた次の日もビー玉が転がってきた。すべて赤いビー玉。流石に気味が悪い。
そんな日が数日続き、引き出しの中のビー玉が10個目になろうとした夜。いつものように落ちてきたそれをしまい込もうとすると、これまで落ちてきたビー玉のすべてが割れていた。
なんとも言えない不気味さに恵美子さんは震える手で欠片を拾い集め、処分した。
翌日の夜は例会。いつものようにほろ酔いで帰宅する恵美子さん。横断歩道を渡ろうとすると生憎の赤信号だった。ほろ酔いの目に、信号の赤色がまるでビー玉のように見えた。いや、ビー玉そのものに見えた。冷水をかけられたような気分。その場から立ち去りたくなった。
恵美子さんのアパートへと向かう横断歩道はもうひとつある。どちらを使っても距離は変わらない。そこでもうひとつの横断歩道まで歩き、そこを渡って帰宅した。
ビー玉の赤に見えたその横断歩道で、横断中の歩行者を跳ねる事故があったと知ったのは次の日のこと。
床に落ちてきていたビー玉はそれ以来現れていないが、両者との関係は分からないと恵美子さんは言う。
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