第38話 心霊写真の近況

 智子さんは、友人の恵子さんと亜佑美さんと夏休みを利用して温泉に旅行に出かけた。

 比較的標高の高いそこは、普段暮らしている街と比べて随分涼しい。とは言え、半日観光して旅館についた頃には身体は少し火照っていた。


 部屋に案内され、畳でくつろぐ。やはり室温が高いような気がして、冷房の温度を下げたくなった。

「ねぇ、エアコンの温度低くしてもいい?」

 智子さんがそう確認すると、ふたりは同意してくれた。リモコンを手に取り、2度ほど下げる。


 ふと。

 いつも手持ち無沙汰になったときにやる癖をしてみたくなった。

 なんのことはない。リモコンが送信する赤外線。人間の目には見えない赤い光を、スマートフォンのカメラで眺めて遊ぶだけだ。

 子どもの頃に父親に教えられて、なんとなく気に入っている遊び。

「なにしてるのー」

 亜佑美さんが興味深げに手元を見てきたので説明した。

「へえ! 面白いね。てか、写真撮ろう!」

 亜佑美さんがニコニコ笑ってポーズを取ったので、そのままカメラを向けてシャッターボタンを押した。


 撮れた写真を見た瞬間。冷房の風が首筋に直接あたったかのような寒気がした。

 亜佑美さんの背後、部屋の入口。半分ほど閉まった障子の向こうから半透明の男が覗いているのが写っている。

 なにやらにこやかな嬉しそうなその顔。

 とっさに画面をタップして消去した。

「撮れた?」

 亜佑美さんのその問いに「失敗した」と嘘をつき、もう一度撮りなおした。

 今度は写っていなかった。


 その後は早速温泉に。

 気持ちのいい汗を流し、部屋へ戻ると恵子さんが浴衣のまま大の字になって畳に寝転んだ。

「行儀悪いよー」

 亜佑美さんはその姿をみて笑う。恵子さんの浴衣ははだけてしまっていた。

 彼女は若干小柄で、旅館の浴衣はやや大きいようだ。

「あたし、やっぱり浴衣だめだぁ」

 そう言って、恵子さんは持参した部屋着に着替えた。

 

 美味しい料理に舌鼓を打ち、酒も入ったのですぐに就寝することになった。

 智子さんはそこで夢を見た。


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 夢の中で智子さんは、旅館の同じ部屋にいた。しかし、恵子さんも亜佑美さんもいない。テーブルでお茶を飲んでいるが、向かいには男が座っている。

 見覚えのあるような、と思ったら、あの写真に写り込んでいた男だった。

「いやぁ、すみませんねぇ」

 と、男。

 頭を掻きながら、恐縮した様子で言う。

「あたしゃ、3日ほど前にあっちの5kmほど先のところで死にましてね」

 男は自身の左側を指差し言った。


 世間話風に語る姿と内容のギャップに智子さんは戸惑った。

「で、あっちの御山に向かうところだったんですよ」

 と、右側を指す。

「そうしたらこの旅館を見つけましてね。いやぁ、皆さん楽しそうで。働いてる方もねぇ、あたしの息子くらいの年齢でねぇ。つい、居付いちゃいまして」

「はぁ……」

 それ以外どう答えればいいのか。

「ちょいとロビーのほうに行ったら、この旅館の内装をやったって男が、ああ、これも亡くなってるお人なんですけどね、それが言うんですよ」

「なんて?」

「昔はほら、フィルムカメラでしたでしょう。あたしらみたいのが出ても滅多には写らなかったらしいんですがね」

「写真に?」

 智子さんは会話をしている自分がなにか滑稽に思えてきた。

「そうです。しかしね、最近のデジカメやらスマホやらってやつ。あれ、ひょんなことで写るらしいんですよ」

「はぁああ?」

「貴女がさっきやってらした、赤外線のアレなんじゃないかって話でね。その男、自分が意図しないところに祓われたらたまらないってんで、どこかに行くって言ってました」


 なんとも呑気のんきというかとぼけた話をしているうちに、智子さんは、ふと気づいたことを質問してみることにした。

「あの……もしかして恵子ちゃんが着替えてたところ、見ました?」

「あっ!!」

 男ははっとした顔をし、慌てて立ち上がったかと思うと、先程「あっちの御山」と指した方に向かって走り去った。壁を突き抜けて。


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 そこで目が覚めた。

 くだらない夢と爽やかな朝。

 窓に向かい、外を眺めた。男が「あっち」と指した方向に目をやると、美しい山が見えた。帰りにフロントで何気なく聞くと、その山は地元では霊山とされているという。

 

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