第35話 夜、訪ねてきた者
健さんがとある地方都市に住んでいたころのこと。
当時、健さんは歓楽街の裏路地にあるアパートで生活していたという。
歓楽街といっても小さなものだ。「街」というには大げさなほどに。市の条例でも関係があるのだろうか。そこは駅から少し離れたところにあった。それ故にたいして栄えてもおらず、店の数も両手の指で数えて足りるほど。
しかしそれなりに客はいるようで、どの店も不思議と潰れることはなく、健さんが産まれる前からそこにあるような雰囲気を漂わせていたそうだ。
ある夜のこと。健さんが寝ていると窓がキキッという音を立てた。
夢か、現実か。なんだろうかと確認しようとすると、ふわりと香水の香りがした。健さんが目を開けると、目の前に端正な顔立ちをした裸の女がいる。
「な、なんですか? あなた」
健さんはそう言おうとしたが声にはならなかった。金縛りだ。女は優雅な笑顔を見せて健さんに口づけをした。
甘い。どこか甘い感じのする口づけ。
そのまま健さんの体を優しく撫でる女。
そう、健さんはいつの間にか裸になっていた。
―淫靡な夢だ
健さんは思った。
なぜならその部屋は3階建てのアパートの2階であり、人が入ってこれるような場所ではない。
妙に現実感のあるその夢を健さんはいつの間にか愉しんでいた。
女の行為はやがて激しくなっていき、健さんは達した。
そこで目が覚めた。
目が覚めてみるとなんのことはない。きちんとパジャマを着ている。
やはり夢だったのだ。股間に違和感はあるものの、これは仕方がない。着替えようと起き上がると、布団の上にねずみの死体が転がっていた。
「うわっ」
ねずみなど近くで見たこともない健さんは驚いた。慌てて布団から出て、コンビニの袋を手袋代わりに使い死体を処理した。
それからしばらく後、健さんは体調を崩した。
熱もあるし頭痛もする。湿疹もでていたので病院にいくことにした。血液検査を終え、医師の診断結果を聞くと意外なことを言われた。
「最近、ねずみに噛まれませんでしたか?」
「いえ、噛まれては……」
先日、布団にねずみが転がっていたことを話した。
「それくらいならこうはならないと思うんですけどね……」
健さんはあの夜に見た夢を思い出したが、言うことはできなかった。どうやらねずみに噛まれた後にでる感染症だったようだ。出された薬を飲み、健さんの症状は治まった。
あの夜、訪ねてきた者はなんだったのだろうか。
そもそも夢か現実か。
後に起こった症状を考えると現実のような気もするが、女とねずみの関係が分からない。
まさか、ねずみが女の姿を借りて訪ねてきたとでもいうのだろうか。
その結論に至ったとき、健さんはあの日の口づけを思い出し、ぞっとした。
それから健さんは別の物件に引越しし、猫を飼うようになったという。
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