第31話 こっくりさん

 真二さんが今まで一番怖かった、と語ってくれた話。


 はじめに「それ」をやろうと言い出したのは友人の健史だった。

 場所はサークル棟の部室。

 写真部だった彼らは、学外での展覧会を終え数日経ち、いってみれば暇な状態。

 他の部員たちもそうそうにデートやバイトなどにでかけ、残ったのは健史と真二さんを含む3人。

 残りの一人はひとつ上の先輩の向山さんだった。彼のおごりで部室で酒盛りをすることになった。


 和気藹々と飲みながらいつの間にか話題は怪談話になっていた。このサークル棟にはさまざまな怪談めいた噂があるのだ。

 多めに買ってきたはずのビール(といっても発泡酒だが)が底をつき始めたとき、向山さんが言った。

「そういえば、俺が子どものころ『こっくりさん』が流行ったなぁ」

 それに返したのは健史。

「いや、それずいぶん前でしょ。いまじゃ……なんだっけ『エンジェルさま』とかっすよ」

「それがね『結局のところ本当は同じなんだから』とか言って。こっちが本物だーなんっつってね、女子たちなんかがやってたねぇ」 

「馬鹿馬鹿しいっすよね」

 と真二。

「でもよぉ、やってみたくないですか?」

 健史が言い出した。

「いやあ、準備もめんどうくさいしなぁ」

 と向山さんは渋っていたが最終的に乗り気になり、健史は準備を始めた。


 紙に書かれた「こっくりさん」の図。

「あとは十円玉か」

 そういって健史は財布を取り出したが、十円玉は見つからなかった。向山さんも財布を覗いたがなかったようだ。

「真二、お前ある?」

 そう言われて財布を開けると十円玉が3枚ほど入っていた。その一枚を健史に渡す。

 子どものころ女子生徒たちがやっていたことを思い出しながら描かれた鳥居に十円玉を置いた。そこに3人とも指を乗せる。


―こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください


 三人は唱和した。

 真二さんは胸のうちでは笑っていたが、先輩の向山さんもやるというなら仕方がない。そんなわけで、こっくりさんをはじめたのだが何事も起こらなかった。

 「つまんねー!」

 健史はふくれていたが、真二はそんなものだろうと思っていた。十円玉を片づけをしていた向山さんから受け取り財布に戻した。


 それからしばらく、真二さんの周りではおかしなことが続いた。写真の現像に使う薬品の分量を暗室で量っていると電気が消える。突然階段で後ろから押されて落ちかけるも、誰もいない。

 その他さまざまなことが起きていた。精神的なものと考えたいところだが、起きる現象は物理的なものが多く、気のせいとも片付けられない。


 そのころには真二さんは「こっくりさん」のことはすっかり忘れていた。というより、あれは単なる遊びだと思っていたので「こっくりさん」との関係など夢にも思わなかったというほうが正しい。


 ある日のこと。

 真二さんと健史、向山さんの3人で学食で食事をしていた。もちろん向山さんのおごりである。とはいえ、向山さんも学生なので遠慮して真二さんはかけうどんを頼んだ。健史は遠慮なく、一番高いトンカツ定食を頼んでいたが。


 さて、食べようと席についたときそれは起きた。

 真二さんが頼んだかけうどん。それを載せたトレイが突然浮き、真二さんの顔を目がけて飛んできたのだ。間一髪逃れたが、肩の辺りに少し火傷をした。

 周囲からは真二さんがこぼしたと認識しているようで、興味深げにみていた他の学生たちも向山さんが手当てを始めたところで元の席に戻っていった。

「これって『あれ』のせいじゃないっすか……」

 健史は呑気のんきにトンカツをかじりながら言った。

「あれって?」

 ひととおりの手当てを受けた真二さんが聞いた。

「『こっくりさん』だよ」

 と向山さん。

「でもあれ、なにも起きなかったじゃないですか」

 真二さんは言い返したが、向山さんは眉間にしわを寄せて言った。

「『なにか』はきていたのかもな」

「おー、成功しかけてたんだ!」

 ふた切れ目のトンカツをかじりながら健史は浮かれている。

「おいこら、真二は顔を火傷しかけたんだぞ」

「いや、ああいうのって集団心理のなんとかーっていいますよ、ね?」

 と真二さんは言ったものの、ここ最近起きている謎の現象を思い出していた。それを向山さんに伝えたところ、彼は重い表情を顔に浮かべた。

「『こっくりさん』に使った十円玉は数日のうちに使う、っていう作法があるらしいんだ」

「や、でも失敗っていうかなにも起こらなかったし……。」

「だよな、だから俺も気にしなかった。どの十円玉かは……分からないよなぁ」

「残っているかもしれないですし、残ってないかもしれないです」

「なんでもいいから、神社に持っていってお賽銭にでもしたらいいんじゃね」

 そう言った健史は何切れ目かのトンカツを箸に持っていたが見なかったことにした。


 話し合った結果、健史の「なんでもいいからお賽銭に」案が採用された。そうと決まってすぐ、大学近くの神社へ向かった。

 ここは小さな神社で、宮司などは常駐していない。たまに祝詞を上げるためや掃除のために神職の人らしき姿を見る程度だ。

 その日は掃除をしている袴姿の男性がいた。

「えーっと、とりえず十円玉で……」

 と真二さんが財布から選んだそれを賽銭箱に入れようとしたところ


「おい!」


 と後ろから大きな声がした。

 驚いて振り返る3人。そこには先程掃除をしていた男性がいた。

「お前、その十円玉なんだ?」

「いや、お賽銭ですけど……」

「馬鹿な遊びにでも使ったんだろ、これ」

「あー……はい、すいません……」

 真二さんは男性の勢いに押されて謝った。

「これは神様にはお渡しできん。手に余るならそれはこちらで処理してやる」

 と十円玉を見つめながら男性は言う。

 これはどうやら「あの十円玉」だったらしい。あまり深く聞きたくなかった真二さんは素直に男性に十円玉を渡し、他の小銭でお参りをした。健史は気になるようだったが、黙ってそれをみていた。


 その後おかしなことは起きていない。


 向山さんは言っていたという。

―昔『こっくりさん』で使った十円玉で駄菓子を買った子がいたんだ。それでな、その駄菓子屋さん、その夜に焼けちまったんだ。俺は偶然だと思っていたけれどね。

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