第30話 こっち、こっち
由利さんは父と母と3人暮らし。まだ学生でいわゆる「親のすねをかじっている」状況だ。
とはいえ、小遣いくらいは自分で稼ごうとアルバイトをしているとのこと。自宅から歩いて20分のところに父方の祖母の家がある。
祖母は一人暮らしだ。由利さんはひとりっこで、祖母と一昨年亡くなった祖父に大層かわいがられて育ったそうだ。
かわいがられていたのは孫であること以外にもうひとつ理由があるらしい。
父には妹がいたそうだ。生きていれば由利さんの叔母にあたる。5歳のときに肺炎をこじらせ、亡くなったと聞いている。
そんなこともあってか、由利さんは子どものころから祖父母に愛された。かわいらしい服、おもちゃや絵本。そういったものをことあるごとに買ってもらっていた。
幼い由利さんには事情は分からなかったが、ある程度大人になった今なら分かる。そんなこともあり、アルバイトの給金がはいると祖母の家を訪ねケーキなどをプレゼントしていた。
ある日のこと。
アルバイトが非常に忙しかったその日はへとへとで、夕食と入浴を済ましたあとはすぐ寝床にはいった。
あっという間に眠りに落ちる。
そこで不思議な夢をみた。
祖母の家の廊下に由利さんは立っていた。しかしなにやら様子がおかしい。こげくさいのだ。台所に駆け寄ると空焚きになった鍋が燃え上がり、炎が天井に届こうとしている。慌てて消火器を探すが見つからない。
あれよ、という間に炎は燃え広がっていった。
「おばあちゃんを助けなきゃ」
由利さんは祖母が眠る部屋に走っていった。
「おばあちゃん、起きて!火事だよ!」
そう言って体を揺さぶるがなかなか起きない。祖母は最近不眠症気味で睡眠薬を飲んでいると言っていた。そのせいだろうか。
何度も何度も声をかけ、ようやく祖母が目を覚ました。
「おばあちゃん、火事だよ、逃げよう!」
そう言って祖母の手を引く。その頃には炎は台所だけではなく外の廊下にまでのびていた。
「ああ、なんてことだい。どうしよう」
そううろたえる祖母。しかし、ゆっくりしている暇はない。
「おばあちゃん、こっちこっち!」
炎の勢いが迫っていないところをすり抜け、なんとか外に脱出した。庭に出たところで祖母は安心したのか脱力したように座り込んだ。
そこで目が覚めた。
怖い夢を見た。そう思いながらうとうととまた眠りに入ろうとしたところ、部屋のドアを誰かが叩いている。
―おい、由利!ばあちゃんちが火事だって!
夢の続きか、と思った由利さん。 しかしどうやら現実のようだ。 飛び起きてドアを開ける。 真っ青になった父がそこに立っていた。
「火事?どういうこと?」
由利さんは聞いた。
「全焼らしい。だがばあちゃんは助かったようだ。病院にいるらしいが一緒にいくか?」
父のその言葉に頷き、手早く身支度を済ませ車に乗った。病院につき、祖母のいる病室に向かった。腕に包帯をした祖母がそこにいた。
しかし顔色は悪くない。
医師が来て説明を受けたが、軽いやけどで明日にでも退院していいそうだ。よかった、と心から思った。すると祖母が不思議なことを言い出した。
「のり子が来てねぇ……」
「ん?なんだって?」
父が聞き返す。のり子というのは父の妹、あの亡くなったという叔母になるはずだった少女の名前だ。
「あの子があたしを起こしてくれてねぇ。『こっち、こっち』ってあの小さい手であたしの手を引いてくれてねぇ」
「かあさん、夢を見たんだよ」
「いや、違うよ。まだ小さいのにあたしを安全なところに連れていってくれてね。だからあたしは庭にいたんだ」
由利さんは先ほど見た夢を思い出した。どう考えてもあの夢とリンクしている。あの時由利さんは「のり子さん」の体を借りて祖母を助けたのだろうか。
祖母は退院後由利さんの家に身を寄せた。同居の話は前から出ていたので、そのまま同居になるらしい。新しくしつらえた仏壇に祖母は毎日お供えをしている。
「ありがとうねぇ、のり子」
そういう祖母の声を聞くたびに「助けたのは私だと思うんだけどなぁ……」と複雑な想いを持つと同時に自分の娘に助けてもらったと喜ぶ祖母の姿をいとおしいと思ったとのこと。
―「あの子ねぇ、あたしのこと『おばあちゃん』って言ってたんだよ。おもしろいよねぇ」
由利さんは、それについては祖母に答えていないそうだ。
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