第32話 心霊スポット

 剛志さんは以前勤めていた会社を辞め、次の仕事への繋ぎとしてアルバイトをしていた。

 仕事は運送会社の倉庫管理。翌日運ぶ荷物の整理などで夜勤も時折あったため、時給は意外とよかったそうだ。しかしながら、その運送会社が倒産してしまい突如暇になってしまった。まあ、簡単に言えば「金はあるし暇もある」といった状況だという。

 

 新たな仕事先を探そうと思いつつ、ぶらぶらとすごしているうちに昼夜逆転気味の生活になってしまっていた。

 これは、そんな頃に剛志さんが体験した話。


 ある日のこと。友人の豊さんが心霊スポットに遊びにいこうと言いだした。豊さんもまた、剛志さんと同じく昼夜逆転タイプだ。お互いその手のものは余り信じておらず、暇つぶしの戯れのつもりだった。

 

 聞くところによると、そこは山奥の別荘。主が夏休みで家族でそこですごしていたとき、誰も気がつかないうちに首を吊って自殺したらしい。

 動機もさだかではなく、一時は事件ではないかと疑われたが、様々な状況か照らし合わせて自殺と断定されたそうだ。

 その後も遺族となった家族たちは、その別荘に訪れていたそうだが、次第にくることもすくなくなり、今は廃墟のような状態になっているという。

 

 そこへ向かうまでの車は豊さんが用意した。暗い山道を走りながら雑談をする。

「まあ、よくあるっちゃよくある話だよね」

 と豊さん。

「『心霊スポット』ってとこには大抵そういう話があるよな」

「俺が聞いた話もどこまで本当か分かんないし。まあ面白い写真が撮れでもしたらネットにあげちまうか」

 そういって豊さんは笑った。


 くだんの別荘にはあっさりとついた。建物の扉は開かなかったが窓から入ることができた。

 「先客」もそれなりにいたようだ。建物内部のあちこちにいたずら書きがある。

「おい、この建物ってさ、持ち主いるんだよな?」

 不法侵入になるのでは、と不安になった剛志さんは豊さんに聞いた。

「あー、まあね。持ち主は手放してはいないらしいけど放置してるみたいだよ」

「ややこしいことになんなきゃ、それでいいんだけどな」

「大丈夫なんじゃね?」

 豊さんは笑ってそう言った。


 建物内部を全て見回り、ところどころで写真を撮った。怪しげなことも起こらなかったし、豊さんの家のパソコンで撮影した写真を確認してもおかしなものは写っていなかった。

「ちぇ、なんかもう少し面白いものでも撮れると思ったのになぁ」

 ため息をつきながら豊さんが言った。

 

 その後、剛志さんは帰宅し、ベッドに入った。

 すぐ眠りに落ちたものの、なにかかびのような臭いを感じ目を覚ました。時計を見ると午前3時。いつもなら起きている時間だが、やけに眠くていつの間にか寝ていた。

「なんの臭いだ、これ……」

 起き上がって電気をつけよう、そう思った瞬間体がピシリ、と動かなくなった。

 ベッドに押さえ込まれているような感覚。

「あ……金縛りだ」

 産まれてはじめてのそれに、剛志さんは若干の不快感を覚えたが恐怖は感じなかったという。

 

 その翌日そしてまたその翌日も同じことが起きた。

 とはいえ、ほぼ昼夜逆転しているため現象が起きるのは、かすかに明るくなり始めた時間のこと。

 金縛り以外には特になにもないのだが、流石に気味が悪くなっていた。

 

 豊さんに電話をしてみたところ、彼には金縛りは起きていないという。

 しかし、棚にしまってあったグラスが割れていたり、賞味期限に余裕があったはずの食べ物が腐っていたりするらしい。

「なあ、これってやっぱあの別荘のせい?」

 あるわけない、と思いながらも剛志さんはそう言わざるを得なかった。

 今まで体験したことのない金縛り。それも数日続く。

 そして、豊さんにも起きている不思議な出来事。

「分かんねー。でも、それしか思いつかないよなぁ」

 携帯電話なので表情は分からないが、豊さんが困惑している様子は伝わってくる。


 剛志さんには鞠絵さんという叔母がいる。彼女は所謂「霊感」というものがあるらしい。それを仕事にはしていないが、様々な人から相談を受けているようだ。

 しかし、鞠絵さんの下に寄せられる相談のほとんどが気のせいであるという。従って「除霊」などの必要もなく、いくつかのアドバイスをして終わるらしい。

 

 そんな話を聞いていたため、剛志さんも心霊現象というものは「ほとんどが気のせい」だと思っていたのだ。

 しかしながらこの状況。

 試しに、と鞠絵さんに相談することにした。ふたりでくるように叔母に言われ、剛志さんと豊さんは鞠絵さんの家に向かった。

 

 鞠絵さんは笑顔で出迎え、客間に通してくれた。そしてふたりの顔をじっと見つめた。

「やっぱり、あんなところに言ったらだめでしたか?」

 と豊さん。


 少し緊張しているふたりに叔母は少し寂しげな笑顔を見せてため息をついた。

「おふたりには、霊はついていません」

 その言葉にふたりが安堵しかけた次の瞬間、彼女は言葉を続けた。

「おふたりについているのは『哀しみ』です」

 意外な言葉に戸惑った。

「叔母さん、それどういうこと?」

「おふたりがいった場所で自殺があったのは事実のようですね。しかし、主は既に『上がって』います」

「『上がる』ってなんですか」

 豊さんが聞いた。

「成仏なさっている、ということです」

「でもさ、俺と豊にへんなことが起きているじゃん。これってなに?」

「それが『哀しみ』です。ご遺族の悲しみです。突然家族を失った悲しみ。恐らく懸命にご供養なさったことでしょう。でも、悲しみの場所が心霊スポットとなった。そしてあなた方は行ったのですよね?」


 鞠絵さんの目は少し厳しくなっていた。

「ほんの遊びのつもりだったんですけど……」

 豊がうつむいて言った。

「大切な人が亡くなって、その人が霊として現れると赤の他人に面白がられたら、あなたはどう思いますか?」

「辛い……すね」

「その別荘にいるのは、そういった『哀しみ』です」


 少し重い空気が流れたところで、明るめの声で剛志は言ってみた。

「だな!俺たち、すげぇ悪かった。でさ、その『哀しみ』っての叔母さんが祓ってくれないかな」

「悲しみは祓えません。霊ではありませんから。陰の気ではありますので、生活リズムを整えたりできるだけ太陽にあたったりすることで少しずつ消えていくでしょう」

 彼女は、それ以上はアドバイスすることはないと言ってお茶を一口飲んだ。

 

 その後、ふたりは仕事を見つけ、できるだけ健康的に暮らすように心がけている。休みの日は散歩に出かけて日光を浴びる。

 しかし不可解な現象は回数は減ってきたもののいまだ時折あるらしい。

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