第23話 いない

 ある日の夜。智和さんは友人たちと自宅でホラー映画を見ていた。いまひとつ面白くなく、終わった頃には全員白けていた。

「パッケージはよかったんだけどなぁ」

 と百田秀雄。レンタルショップでこの映画がいいと言ったのが彼だ。

「でも、あたし、結構怖かったけど……」

 そういったのは杉山緑。秀雄の彼女で、怖がりの癖にホラー映画を好む。怖がりだからこそ、楽しめていると言えるのかもしれないが。

「緑ちゃんはなんでも怖いっていうからねぇ」

 そう言って笑ったのは山内恵子。恵子は緑のバイト友達。元々は別の大学だが、緑と秀雄の縁で智和さんとも交流があったそうだ。

「俺、これ見たことあるよ。俺は割りと好きだけどなぁ」

 そう言ったのは木村茂。ホラー好きで手当たり次第みているらしい。

 夜もまだ7時だ。もう一本見たいところだが、あいにく1本しか借りていない。見た後に飲みに行こう、と約束していたからだ。秀雄はすでにビールを3本ほど空けていたが。


「んじゃー、飲みに行くか」

 智和さんがそう言うと、秀雄がにやっと笑って言った。

「な、廃墟探検しないか?」

「えぇぇぇえ~!」

 と、大げさに叫ぶ緑。

「いやいや、曰くつきって訳じゃないから大丈夫さ」

「それ、どこにあるんだ?」

 智和さんが聞くと秀雄が指をピンと立てて答えたという。

「この近く。と言っても車で30分ほどかかるけど」

「どういう廃墟なの?」

「個人病院の廃墟」

「え~いかにも『出そう』だよ。秀くん、止めようよ」

 と緑。

「緑ちゃん、行ってみようよ。あたしちょっと興味あるなー」

 なんだかんだと話し合いの結果、行くことになった。


「智和、ビデオカメラ持っていこうぜ」

「なんでだよ」

「面白いじゃん、撮ってさ、ネットにUPしようぜ」

 秀雄がそういうと恵子が慌てて口を挟んだ。

「えええ、やだよ。顔とか写るんでしょ」

「大丈夫だって、顔も声も加工するからさ」

「それならいいけどぉ……私はそもそも本当は行きたくないんだけど……」

 そういいながらも身支度する緑。秀雄が車で智和さんの家まで来ていたが、酒を飲んでいたので茂が車担当だ。ビデオ担当は智和さんということになった。

 カメラを手にした智和さんはなんとなくワクワクしてきていた。車に全員が乗り込む。後部座席に左から緑、恵子、秀雄。運転席に茂。智和さんは助手席に座った。


「じゃ、自己紹介しよっかー」

 と智和さん。

「偽名でもいい?」

 恵子が笑いながら言う。

「オーケー、オーケー。誰からでもいいぜ」

 智和さんはカメラを構えて言った。

「じゃ、私から。ミーでーす。怖いの嫌いなのに、無理に連れて行かれてまーす」

 そう言ったのは緑。

「あたしはメグミでーす。何か出たらいいなーってちょっと思ってます」

「俺はヒデ。今回の企画担当です」

 そういってVサインをする秀雄。

 運転席にカメラを向ける。

「ホラー大好き、シゲです。よろしく~」

 愉快そうに茂が言う。最後にカメラを自分に向けて智和さんが自己紹介する。

「俺はトモ。なんか訳の分からないところにいくみたいでドキドキです」


 雰囲気はすっかり明るくなっていて、みんな冒険心で胸がいっぱいのようだったとのこと。茂が目的地まで車を出発させた。その間の時間を下らない話で埋める。不要かとも思ったが、時々カメラに収めていた。


 話のとおり30分で目的地についた。夜の月明かりに照らされたその個人病院は、いかにも、という感じで薄気味悪い。裏口から潜入できるとのことで、裏口へと周る。

「じゃあ俺から入るぜ」

 そう言った茂がドアを開けた。後に秀雄、緑、恵子が続き、ビデオ担当の智和さんがしんがりをつとめた。懐中電灯の明かりを頼りに探索する。裏口から入ってすぐは検査室、X線室となっていた。両方入ってみたが、荒らされている。 

「なんか残ってないかなぁ」

 茂がそう言って懐中電灯をあちこち向けるが、ただ荒れているだけで興味を惹くものはなかったそうだ。

 廊下に戻り先へ進む。診察室があったが、そこも荒らされていた。唯一荒らされていないのは待合室くらいだった。

 「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた階段を上がっていくと、スタッフルームと更衣室があった。

 そちらも雑然としており、たいしたものはない。

「なーんか、拍子抜けだねー。ホルマリン漬けのなにかとかあるかと思った」

 緑はそういって、床に落ちたマグカップを蹴った。

「緑ちゃん、さっきはあんなに怖がってたのに」

 そういいながら恵子が笑った。小一時間ほど探索をして、帰ることにした。茂を先頭に裏口へと戻る。勿論最後はカメラを持った智和さんだ。

 裏口から外へ出ると、心地よい空気を感じた。やはり見捨てられた建物の中、というものはどこか空気が重い。深呼吸をした智和さんはあることに気がついたという。


 秀雄がいない。


 一緒に行動していたはずだし、中でも秀雄の姿を何度も確認している。階段を降りたときも一緒にいたはずだ。

「なぁ、秀雄は?」

「知らないよー。あたしは恵子ちゃんとずっと一緒に手をつないでたし」

「そうそう。私たちの後ろに秀雄くんいたんじゃなかったっけ?」

「いや、俺は俺のすぐ後ろにいた覚えがあるんだが」

 そう言ったのは茂。

「俺はカメラで一番後ろだったから、俺の後ろにいたってことはないぜ」

「もしかして、まだ中にいるんじゃないの?」

「そういうことになるんだろうなぁ」

 しばらく相談して、緑と恵子が裏口前で待機し、茂と智和さんで探しに行くことにした。各部屋を確認しながら歩く。

「おーい!秀雄!どこだ!?」

 そう叫びながら全体的に周ったが、秀雄の姿はどこにもなかったとのこと。


 仕方なく裏口に戻る。そこには不安そうな顔をした緑と恵子がいた。

「秀くん、見つかった?」

「いや。どこにもいなかった。こっちにも来なかったよな?」

「ううん、ずっとここにいたけど来なかったよ」

「先に帰っちゃったのかなぁ」

 不安そうに緑が言う。それもあるか、と考えて車のところに戻ったところ、車が無かった。

「ちょっとー!秀くん、なに考えてるのよ!」

 緑が怒りながら携帯電話を取り出し、秀雄に電話をした。

「あれ?」

「どうしたの?」

「電波の届かないところにいるか、電源が入ってないって……」

 何度かかけなおしたが、結果は同じだった。

「どうするのよぉ、こんなところに置いてかれて~」

 緑が頬を膨らませて言う。

「タクシー呼ぼうぜ、それしかないだろ」

 茂の提案に全員が賛同し、タクシーを手配した。


 緑と恵子の家を周ってそれぞれ車を降り、最後は智和さんと茂が智和さんの家へと向かった。茂の家が少し外れにあったことと、秀雄のことが気がかりで一晩連絡をとり続けてみようと思ったそうだ。

 部屋へ戻って真っ先に秀雄に電話をしてみたが、やはり繋がらない。

「なぁ、どの段階ではぐれたか映像確認してみないか?」

 茂が言った。

「そうだなぁ、それしかないよな」

 ビデオカメラをテレビにつなぎ、再生ボタンを押す。


――じゃ、自己紹介しよっかー


 のんきな秀和さんの声だ。


――じゃ、私から。ミーでーす。


 自己紹介が続く。


――あたしはメグミでーす


 その次が秀雄。しかしカメラは横にパンし、茂を映した。


――ホラー大好き、シゲです


 おかしい。恵子の後に秀雄が自己紹介したはずだ。

「なんかおかしくねぇか、智和」

「うん、秀雄がいない??」

 不気味に思いながら再生を続ける。

 他愛も無い話をする様子を収めたその映像に秀雄は映っていなかった。

「なんだよ、これ……」

 茂が頭を抱えて呟いた。その後も再生を続けたが、秀雄の姿は一切映っていなかった。

「なぁ、茂、どうする、これ」

「どうって?」

「いたはずの奴がいなくなった。これは事実だ。連絡も取れない」

「この映像を持って警察にでも行くって?」

「まぁ……そういうことだけど……信じてもらえないよなぁ」

「悪戯としか思われないよ」

「そうだよなぁ……」

 そこで智和さんはあることに気がついた。

「なぁ、廃墟に入ったから茂雄と会話した?」

「え? えっと……そういえば話してないな」

「いたのは確実なんだよ。姿を見た覚えはある。でも俺も話した覚えが無い」

「どういうことなんだ?」

「俺に聞いても分かんねぇよ」


 次の日も、その次の日も秀雄に連絡は取れなかった。秀雄の母から智和さんに連絡があったのはそれから1週間後だ。それによるとやはり秀雄と連絡が取れないらしい。


 アパートにも行ってみたが、帰ってきた様子はなく、チラシや郵便物が雑然とポストにはいっていたそうだ。

「なにか、知りませんか」

 そういう秀雄の母親に、智和さんはみんなで廃墟探検をしたことと、秀雄だけが先に帰ったこと、こちらも連絡をとれていないことだけを伝えた。


 秀雄の行方はそれ以来全く不明だという。

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