第22話 宵宮にて
ある年のこと。恭一さんは1年ぶりに実家に帰っていた。祖母の一周忌だからだという。法要を終えて、会食をしながら家族と歓談をする。学業のこと、もうすぐ始まる就職活動のことなど。恭一さんのそれらは、順調に進んでいる。
ただひとつの問題を残しては。
ほどよく酔ったところで会食は終了になった。いとこや妹はテレビをみながら笑いあっている。その和やかな風景が、どこか祖母がくれたプレゼントのようにも見えたという。
あくびをした恭一さんは一眠りしようと自室に戻った。雑多な荷物置き場になりかけてはいるが、恭一さんが泊まるためベッドはきれいに整えられている。
ごろん、と横になった恭一さんは床に置かれた荷物を眺めた。段ボール箱の上に卒業アルバムが置かれてある。手にとってみると、それは小学校のころのものだった。
懐かしいな、と思いページをめくった。
6年1組。それが恭一さんのクラスだ。小学校を卒業して以降、顔を合わせてない仲間もたくさんいる。
恭一さんの学区では主に2つの中学校に分かれていた。A中学校とC中学校。恭一さんはC中学校。もう片方の中学などに進んだ生徒とはもうまったく縁がない。
幼稚園からの友人、武は小学校卒業を機に他県に引っ越した。卒業式のあと、よく遊んだ神社に武とタイムカプセルを埋めたそうだ。
タイムカプセルといってもクッキーの缶におもちゃをつめた程度のものだが。20歳、成人式の時にまたここにきて開けよう、そう約束したとのこと。
彼とはしばらく手紙のやりとりが続いたが、お互い新しい生活を始める中、いつの間にか連絡は途絶えた。
連絡があったのは2年前のこと。武が事故で亡くなった、との知らせだった。久しぶりに見る友人の顔。穏やかに眠っているその顔は、幼い頃の面影をどこか残していた。タイムカプセルのことも思い出したが、まだ約束の時を迎えていないことと共に開けられなかったことが悔しくてそのままにしていたという。
「恭一、今日は宵宮だけどでかけるかい?」
ドアの外で母の声が聞こえた。
「宵宮?」
ドアを開けて答える。
「A神社さんの例祭の宵宮だよ。あんた子供の頃そこでよく遊んでたろ。ついでに就職活動の祈願でもしておいでよ」
「そうだなぁ。行ってくるかな」
恭一さんは、そう答えた。
ついでにタイムカプセルを掘り返すのもいいかもしれない。そんなに深いところには埋めてはいない。場所も神社の外れなので人目にはつかないだろう。
そう思って恭一さんは神社に向かったそうだ。
神社の例祭といってもそれほど大規模ではない。普段は宮司もいないような神社だ。それでもその日はそれなりに賑わっていた。
夜店も数点でているだけだったが、子供たちは楽しそうに走り回っている。浴衣をきた彼らの一番後ろを走っていた子供が転倒した。他の子供たちはその子に気付いていないのかそのまま走り去っていった。
慌ててその子に駆け寄った。
黒にグレーのラインの入った浴衣を着たその子は少年だった。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫。ありがとう」
少年はにっこり笑って答えた。その姿にふと違和感を覚える。
何かが変だ。
どこかで会ったような。
それ以前にもっと何か変なような気がする。
「兄ちゃん、どうしたの?」
にっこり笑うその子の姿をみてふと気がついた。浴衣の襟の袷が違っている。右前であるべきところが左前になっていた。
「おまえ、浴衣の袷が違ってるぞ」
「あわせ?」
「着方が違うってことだ。ちょっとこっちこい」
物陰に隠れて、そっと直してやった。
「友達とは合流できそうか?」
「んー、たぶん大丈夫。ありがとう!」
そういって少年は立ち去っていった。
恭一さんは目的のタイムカプセルの場所までむかった。神社の片隅の楠の下だ。
張り出した根っ子を目印にしたような記憶がある。ポケットに入れておいたスコップを取り出し、掘り返した。
しかしなかなか見つからない。
こんな深くは埋めていないはずだ
「もう少し右だよ」
不意に後ろから声が聞こえた。振り返るとさっきの少年だ。
「もう少し……右?」
「うん、右」
言われたとおりに掘ってみる。カツン、と手ごたえがあった。
「ほんとだ、てか、なんでお前……」
振り返ると少年はもういなかった。
しっかりと掘り返してタイムカプセルを取り出す。雨水にも耐えるようにとビニール袋を何枚か重ねて包んだのが幸いしたのか、激しい損傷はなかった。
そっとクッキーの缶を開ける。 当時気に入っていたおもちゃ、二人が映った写真。そして未来のお互いに当てて書いた手紙。
一枚を開いてみた。こちらは恭一さんが武宛てに書いたものだ。大人になったら、お互い好きだったプロ野球の応援に一緒に行こう、など他愛もないことが書かれていたそうだ。
もう一枚も開いてみた。こちらは武が恭一さんに宛てて書いたもの。同じく他愛もないことが書かれていたが、最後の一文を目にしたとき、恭一さんの体は一瞬硬直したという。
――礼子さんのお腹の子供のお父さんは恭一君だよ
恭一さんはその頃ひとつの悩みを抱えていた。
付き合っていた礼子が妊娠したのだ。礼子は別の大学に所属しており、付き合いは2年ほどだ。心当たりは勿論ある。しかし、父親であることが疑わしい理由があったという。礼子がサークルの先輩に襲われたというのだ。
サークルの飲み会の時に酔わされて、気が付いたら先輩の部屋のベッドの上だったという。慌てて携帯電話を握り締めて浴室に逃げ込み、礼子は恭一さんに連絡した。
駆けつけた恭一さんは先輩を一発殴り、事の次第を聞きだした。
どうやら薬を使ったらしい。
警察沙汰も考えたが、それは礼子が激しく嫌がった。
結局相手の両親からいくばくかの慰謝料をもらい、先輩は退学することで事態は一旦収束したそうだ。
それからしばらくして礼子の妊娠が発覚した。
どちらの子どもかわからない。
これから卒論、就職活動というこの時期にこの事態。
もし恭一さんの子どもであるなら、両親に頭を下げてお金を借り、就職するまでなんとかしのぎ責任を取るつもりでいたという。
しかし、相手が自分でないかもしれない、と思うとそうはいかない。
礼子は恭一さんの子で間違いない、と涙ながらに訴えるのだが、どうしていいものやら悩んでいたそうだ。恭一さんが実家に戻ったのはこの頃のことだ。
混乱しながらタイムカプセルを手に家に戻る。
「おかえり、どうしたのあんた」
真っ青な恭一の顔をみた母親が不思議そうに聞いた。
「あ、うん、ちょっと考え事してて」
「ふーん、そうなの」
何か聞きたそうな母親の視線を背に部屋へ戻った。
手紙をもう一度見てみる
――礼子さんのお腹の子供のお父さんは恭一君だよ
確かにそう書かれている。一緒に入れてあった数枚の写真を見返してみた。A神社の例祭に2人で行ったときの写真があった。恭一さんは甚平。そして武は黒にグレーのラインが入った浴衣を着ていた。
そうだ。
あの少年を見たときの違和感。武に似ていたのだ。ずいぶん昔のことだからはっきりと顔は覚えていない。しかし、この写真に写る武はさっきの少年とそっくりだ。
――もう少し右だよ
あの声も思えば懐かしいような気がする。
――そうか、武。お前だったか。
恭一さんは丁寧に写真と手紙を缶に戻し、両親に事の次第を打ち明けたという。
予測される一通りの騒動はあったが、結局出産することになった。子どもが産まれたのと、恭一さんの内定が降りたのは奇しくも同じ日だった。男の子だったその子にの名に恭一さんは「武」の文字を入れたそうだ。
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