第15話 タン、タタタン

 井上さんはその日も残業で遅くなっていた。バスから降りて10分ほど歩けば自宅だ。人気もないその道を、井上さんはツカツカと歩いていた。

「この企画が終わるまでの辛抱だなぁ」

 疲れすぎて頭がぼんやりとさえしてくる。


――コツ、コツ、コツ


 夜道に井上さんの足音が響く。

 と。


――タン、タン、タン


 後ろから足音が聞こえてきた。深夜残業お疲れ様、のお仲間だろうか。


――コツ、コツ、コツ


――タン、タン、タン


 ふと気になって後ろを見てみた。しかし誰もいない。

「あれ? たしかに足音がしたんだけど」

 気味が悪くなって足を速める


――コツコツコツ


――タンタンタン


 後ろの足音も同じリズムを刻む。振り向いてもやはり誰もいない。


 井上さんはふといたずら心をだしてみた。このよく分からない現象をからかってやろうと思ったのだ。


――コツ、コツ、コッコツコツ

 

 ちょっとリズムを踏んでみる。


――タン、タン、タッタンタン


 足音も乗ってきた。

「明らかに俺の真似してやがるな」

 これならどうだ、とばかりにステップを踏む。


――コツ、コツ、コツコツコツ、コッツコツ


――タン、タン、タンタンタン、タタンタン


 なかなかうまくついてきている。井上さんは面白くなってきた。


――コツコッコッコツ


――タン、タタタン 


 そこまできたところで井上さんはわれに返った。なにをやっているんだ、俺は。一体後ろの人物はなんなんだ?


 後ろを振り返った。だれもいない。

 前を向いた。

 男が立っていた。

 暗くてよく分からないがタップシューズのようなものを履いている。男は井上さんを見てニカッと笑い、サムズアップをして消えた。


――なんで夜中に幽霊とタップダンスをしなきゃいけないんだ……。

 井上さんは恐怖心の前にそう思ったという。

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