第12話 踊る小人

 怪奇譚を集めている私なら、と友人の吉野さんが語ってくれた話。


 吉野さんが「それ」を見るようになったのはいつの頃からか。物心ついた頃には既に見ていたような記憶があるという。


 小学一年生のある日のことだ。下校時、通学路途中にある橋の上で小人が踊っていた。少し不思議な着物を着た小人。無表情で指先をそっと見つめながらゆっくりと舞っている。いつものあれか、と思い吉野さんは立ち去った。


 数日後。


「A川で子どもが溺れて死んだらしいわよ」

 母がそう言った。

「え? A川って私の通学路の途中にあるあれ?」

「そうそう、そのA橋の下で遊んでいて溺れたんだって」

 A橋といえば、先日小人が舞っていたあの橋だ。

「あのね、お母さん……」

 吉野さんは小人の話を母にした。

「なによ、気持ち悪いこと言わないで。あなたの気のせい。見間違いよ」

 母は軽く眉間にしわを寄せて答えた。


 その後も吉野さんは小人を何度も見た。

 やがて小人が舞っていた近く、あるいはその場に関係するものに必ず死人が出ることに気づいたそうだ。同居していた祖母が亡くなる数日前にも見た。

 その時も母に伝えようと思ったのだが、葬儀の準備やなにやらとあわただしく、結局話すことはなかった。

 

 小人が着ている着物が水干袴というのだと知ったのは中学生のとき。

 そして、不幸を予言するものは疎まれる、と知ったのは高校生のときだった。

 高校一年生の秋、職員室の前で踊る小人を見た。それから1週間後、体育教師が交通事故で死んだ。


 そんな話をしたのは、高校二年の修学旅行の夜。消灯後、みんなで怪談をしていたときのことだったという。

 学校に伝わる、いわゆる七不思議になどについて語っていたのだが、その場の和気藹々とした雰囲気につられて、吉野さんは小人の話をしてしまった。

「なにそれ……気持ち悪いんだけど……」

 一年生から同じクラスの七海が言う。

 なんとなく不穏な雰囲気になっていたが、吉野さんはもうひとつ話を加えた。旅行の3日前、屋上へ至る階段の上で小人が踊っていたことを。同室の七海以外の4人はキャーキャーと笑いながら悲鳴をあげた。

「もうやめて! ちょっと気味が悪いにもほどがあるわよ」

 七海の声にみんな押し黙り、そのまま布団にもぐりこんだ。


 旅行から帰ってきたときには吉野さんの「小人の話」はクラスですっかり噂になっていた。

 隣のクラスの黒木が屋上から飛び降りて自殺したのはその数日後だ。休日中に学校に忍び込み、飛び降りたらしい。担任教師がホームルームでそれを告げたとき、クラスの生徒の視線は吉野さんに注がれていたという。


「予言どおりじゃん……」

「誰かが死ぬのが分かるなんて気持ち悪い」

「てかさ、そんなに周りで人がよく死ぬのっておかしくない?」

「あの子自身がおかしいんじゃないの、知らずに呪いをかけてる、とかさ」


 すっかり気味悪がられてしまい、吉野さんはそれからクラスで孤立した。それ以来、小人を見ても吉野さんは決してそれを人に語ることはなかった。

 父親のときですら。

 

 その後大学へ進学、就職、結婚と吉野さんは一見普通に生きていった。

 小人を見る以外は。

 結婚後、2人の子どもに恵まれ、穏やかに過ごしていた。小人の件は、夫に話したことはない。


 そして1週間ほど前のことだ。

 居間で小人を見た。いつものとおり無表情でゆっくりと舞っている。この穏やかな生活が覆されようとしているのか、吉野さんは動揺した。

 毎日小人は居間の片隅で静かに舞っている。

 

 吉野さんは今、夫に話そうかと考えている。

 無表情だった小人が日に日に笑顔になっていき、常に指先を見ていた視線が吉野さんに注がれるようになってきたからだ。

 今度の不幸は、吉野さん自身の運命を告げているのではないかと彼女は感じていると、不安げに話を終えた。

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