第11話 猫神 その七



 天井に頭がつかえるほど巨大な化け猫の人形。

 それが恐ろしくすばしこく、とびはねながら襲ってくる。


 龍郎は浄化の玉を放った。一度に五発。自動追尾だから素早い敵でも逃さない。

 たしかにあたる。が、表面の陶器がよろいのように固く、食いこんで玉が止まってしまう。内部構造を破壊できないせいか、人形の動きに変化が見られなかった。


「助手。おまえは僕の援護をして」

「だから、助手はやめろって」


 青蘭は立ちあがり、何やら口ずさんだ。甘い哀愁を帯びたメロディー。切なさに胸がえぐられる。


(これ、あの唄だ——)


 アスモデウスが歌っていた。

 ミカエルとの逢引きの合図。


 すると、青蘭のまわりに白い光の翼が現れる。青蘭の全身が青く発光した。もとより世界一の美女よりさらに麗しい。が、そのときの青蘭は完全にだった。美しすぎる。神聖な何かだと、ひとめでわかる。


「青蘭……」


 龍郎は見惚れてしまった。

 青蘭の放つ光が最高潮に達し、左手に凝縮されていく。やがて、青蘭がまっすぐその手をさしつけると、矢のように青い光が飛んだ。光の矢が人形の眉間をつらぬく。

 陶器の全身がひび割れ、人形は崩れおちた。


「すごい」

「だから言ったでしょ? 僕には天使の守護があるんだって」


 青蘭は気づいていないようだ。おそらく、あれは青蘭の分身であるアスモデウスの力を呼びさましているのだ。自分のなかの天使の力を駆使している。


「意外とあっけなく片がつきましたね」


 そう言って、青蘭は人形の残骸に近づいていく。

 しかし、龍郎は疑問だった。龍郎が退治したときには下級上級問わず、悪魔は光の粒になり滅却された。でも今はそうじゃない。人形の外観は破壊されたものの、抹消まではされていない。


「青蘭が悪魔を倒すときは、いつもこうなの?」

「何がですか?」

「つまりさ。悪魔の体が光の粒になって、自分の口のなかに吸収されないのかなって」

「……えっ?」


 青蘭がすくんだように立ちどまる。


 崩れた人形の顔から、コロンと片方の目がころがった。コロコロと畳の上をすべる。


 龍郎は人形のことに詳しくない。が、変に思ったのは、その球形の目玉が緑一色に見えたからだ。少しブルーがかった緑。白目の部分がない。


(人間の眼球とは、だいぶ違うな。あれだとまるで宝石……みたいな?)


 自分の考えにドキリとする。

 そう。あれは宝石だ。球形にカットされたエメラルド? いや、猫の目のような縦長の光が入っている。猫目石キャッツアイだ。


「青蘭、危ない。離れろ!」


 龍郎が注意したときには、もう遅かった。崩壊した陶器のカケラがマシンガンのように青蘭に襲いかかる。


 青蘭が立ちすくむ。

 あのままでは全身に陶器がつき刺さってしまう。


 すると、よこから、すかさず剣崎が走った。青蘭をかかえ、スライディングで床に伏せる。


 龍郎は右手をあげ、浄化の光を放った。カケラはボロボロと燃えつきる。

 なんだか、おかしい。

 手ごたえがなさすぎる。


(あれ? 宝石がない)


 人形の目に入っていたキャッツアイが見あたらない。さっきはたしかに畳の上にころがっていたのに。あのカケラ爆弾のあいだに見えなくなっていた。


(どこへ行ったんだ?)


 あのまま転々と移動したとして、座敷の外までは行かないはずなのだが……。


 光のあたりにくいすみずみを懐中電灯で照らしだす。

 そして、違和感に気づいた。龍郎たちがくぐってきた隠された穴。掛軸がゆれている。風だろうか? 外界とつながっているようだから、通気は多少あるにしても、掛軸がゆれるほどの風が通るとは思えないのだが。


 怪しく思い、懐中電灯を下へずらしていく。一番下まで光が届いたところで、龍郎はギョッとした。掛軸のむこう側から腕が伸びている。それは青ざめた死人の腕だ。


「わッ!」


 よく見れば、その腕はカリカリと畳をかいて、何かをひきよせようとしている。あの宝石だ。金緑の玉が今しも、血まみれの指さきに届く。


 マズイ。あれをとられたら、とてつもなくマズイ。

 そんな予感があった。


「やめろッ!」


 浄化の玉を発しつつ走る。が、青い手が玉をにぎりこむほうが、ほんの少しだけ早かった。宝玉をつかんで、掛軸のむこうにスッとひっこむ。


 あわてて、掛軸にとびついた。めくると濃密な闇。さっきの腕は幻だったのか。人影らしきものは見えない。


「あれ……?」


 だが、背後から誰かが掛軸をやぶりとった。穂村だ。強いヘッドライトがあたると、なぜ、何も見えなかったのかがわかる。いなかったわけじゃない。、視界に入らなかっただけだ。


「うわッ!」


 グロテスクなものを見なれた龍郎でも、これはひるむ。

 全身の骨格が粉々にくだけ、ぐちゃぐちゃの肉塊になったものが、なめくじのように地面を這っていた。ところどころに人間の名残がある。


 美嘉だ。花影美嘉の死体が、どうやってか岩の下を這いだし、ひとりでに動いている。


 うーんと穂村がうなった。


「じつはだね。花影家はこの島に古くからある神社の神主だったんだ。数代前につぶれて、廃社になったが」

「つまり?」

「美嘉くんは巫女の素質がある」


 悪魔に憑かれやすいということだ。憑依の媒体として優れている。そうなったときの能力も高い。


 そこだけがまともな形状を保った片腕が、にぎりこんだ宝玉を、自身の顔だった部分にめこんだ。肉塊がぶるぶるとふるえた。

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