第11話 猫神 その五
タタタッ——とかるい足音がして、何かが背後に迫ってくる。
龍郎は殺気を感じた。
かえりみると、黒い人影がナイフを持ってつっこんでくる。狙っているのは穂村だ。
龍郎は穂村をつきとばし、その人物の手をつかんだ。
「誰だ?」
もし相手が剣崎であれば、青蘭との浮気がバレたんだなと思うが、それなら龍郎を狙うはず。それに影はもっと小柄だ。あきらかに龍郎より力が弱い。匂いや体のやわらかさからも女のようだ。
「本柳くん。急に何をするんだね? 痛いじゃないか」
文句を言いながら、穂村が起きあがってくる。まだ状況を把握していないらしい。殺されかけたというのに、のんきなものだ。はずみで切れたライトのスイッチを入れなおしている。
すると、龍郎の捕まえていた人物の顔が見わけられた。なんとなく女だろうとは思っていたのだが——
「花影さん!」
家政婦の花影美嘉だ。
屋敷に帰れと言ったのに、ずっと龍郎たちのあとをついてきたということか。
「こんなところで何をしてるんですか。ナイフなんか持って」
「離してよ! 三十億はわたしのものよ!」
あばれる美嘉を押さえつつ、龍郎は穂村をながめた。もしや、浦主家の親戚の生き残りというのが、美嘉ではないかと思ったのだ。が、穂村は首をふる。
「浦主家の縁者は山形老人だ。浦主家で下働きをしている」
あの老人か。
かなりの高齢で力仕事などできそうもないし、じゃあ料理を作っているのかと言えばそうでもない。正直、なんのために雇われているのだろうと思っていた。親戚のよしみで使われていたわけだ。
「花影さん。落ちついてください。おれたちを殺して、宝をよこどりするつもりだったんですか?」
すると、美嘉は激昂した。
「よこどり? 冗談じゃない! これはわたしが貰って当然の宝よ。浦主家のせいで、うちは祖父母の代に無一文になった。家もとりあげられ、一家心中するしかなかった。家族全員で、灯台の岬からとびおりたのよ。母だけが漁船に助けられ、生き残った」
それは壮絶な過去だ。しかし、龍郎は気づいた。生き残ったのが母だけなら、ここにいる美嘉の存在の説明がつかない。
「それは君の体験じゃない。君が生まれるより前のことだろ?」
「そうよ。でも、わたしには権利がある。だって、母は浦主宗太郎の娘だったんだから! 祖母がとても美しい人だったから目をつけられて、借金のかたに愛人にされた。それで母を身ごもった。なのに妊娠がわかったとたん、すてられて、借金の残りにって家と土地を奪われた。だから、この宝はわたしのもの。誰にも渡さない!」
ひじょうに特殊な事情だ。浦主家の人間はみんな死んでしまっているし、今となっては美嘉と浦主家の縁戚関係を証明することは、かなり難しい。裁判になれば、あっけなく山形老人に負けるだろう。
「だからって、おれたちを殺して、山形老人も殺すつもりか? そんなことできっこないよ」
たしかに美嘉の事情はかわいそうだ。でも、それで殺されてはたまらない。
「君には同情する。なんなら、おれと穂村先生の謝礼ぶんをそのまま譲渡してもいい」
「ウルサイッ!」
聞いてくれるような状態ではない。それに、どういうわけか、女にしてはやけに力が強い。だんだん押さえておけなくなる。
腕にかみつかれて、思わず龍郎は手を離した。ふりはらうと、美嘉の体は長持ちの近くになげだされた。
美嘉は長持ちにすがりながら起きあがり、中身を見て目を輝かせる。その目つきは強欲そのものだ。
「ふ……ふ……ふふふふふ……わたしのもの。全部、全部、わたしのものだーッ!」
美嘉は大判小判をかき集め、何枚も手にとって、エプロンのポケットに入れ始める。服のお腹のなかや、袖口にもつっこむ。
そのとき、龍郎は聞いた。ギリギリとゼンマイのまわる音を。
(あの影の悪魔? いや、違うな。もっと太いゼンマイの音みたいだ)
周囲をうかがうが、悪魔の影は見えない。とくになんの変化もないようだ。が、音は確実に大きくなっていく。
「穂村先生。あの音は?」
「うん。イヤな感じだな」
美嘉は財宝に夢中で気づいていない。
「フハハ! やっと、やっと大金持ちになれるんだ! お母さん、あなたの無念をわたしが晴らします!」
叫びながら、次々に小判を抱きかかえる。
すると、あたりに
(地面? いや、天井だ!)
頭上を見あげると、長持ちの真上の岩盤がグラグラとゆれていた。今にも落下しそうだ。
「花影さん! 危ない。そこをどくんだ!」
「ウルサイッ! これは全部、あたしのものなんだ。全部、ぜ——」
その瞬間に目の前で天井が崩れた。ガラガラと巨大な岩のかたまりが雨のように降ってくる。美嘉の姿は一瞬で見えなくなった。
「花影さん……」
つぶやく龍郎の肩を穂村がたたく。
さっきまで長持ちがあった場所は岩塊の山だ。岩と岩のすきまから一本だけ腕がつきだしている。大判をつかんだままダラリと血を流し、けいれんしていた。あれでは生きてはいまい。即死だ。
「おそらく、長持ちのなかの重量が変わると仕掛けが作動する罠が張られていたんだ。宝を守るためだろう」
「そうですね……」
嘆息しているところに、青蘭と剣崎が姿を見せた。結んだロープをつたって来たらしい。
「さっき、すごい音がしたけど?」
「うん。ちょっとね」
現場を見て、青蘭は何が起こったのか察したようだ。侮蔑的な目で女の腕を見る。
「それより、この女。僕らの前を通りませんでしたよ。どこかに、さきまわりできる道があるんじゃないですか?」
「さきまわりか」
考えられるとしたら、まだ行ったことのない、この道の前方だけだ。
龍郎たちはそろって歩きだした。そのさきに脇道はなかった。やがて、壁が立ちはだかる。
「変ですね。ただの壁だ」
言いながら、龍郎は岩壁に手をあてた。そこだけ、いやに壁が白っぽく見えたからだ。それに丸くへこんでいる。
「あッ!」
壁ではない。グニャリとした感触とともに、白い部分が奥へひっこむ。よく見ると、穴だ。壁にあいた穴を紙でふさいであるのだ。
穴から、なかをのぞいた龍郎は、さらに驚愕した。
「この場所は……」
見おぼえのある座敷が、そこにあった。
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