第11話 猫神 その四



 見渡すかぎり、濃密な闇が広がっている。この洞窟がどのくらいの広さなのか、まったく予測できない。


 龍郎が返答に困っていると、とつぜん、穂村がポケットをあさった。


「まあまあ。ここは私に任せなさい。ほれ、磁石くらいは持っているのが常識だよ」


 コンパスだ。さらには反対のポッケから島の地図をとりだす。


「えーと、ここが灯台だな。とすると、浦主家がここで、この中間がさっきの第一のホールだ。そこから十五メートル北に歩いたあたりに座敷牢だから、ここまで走ってきた歩数から逆算して……ほれ。今、島のこのあたりに我々はいる」


 穂村は地図の一点を指さした。さすがだ。全知全能と言っても過言ではない。地底の暗闇で迷子になってしまったと、一瞬でもあせった自分が、むしろ恥ずかしい。


「さすが、常人ではありませんね」

「うんうん。もっと褒めてもいいんだよ? 私がいてよかっただろう?」

「はい。素晴らしいです」


 穂村は気分がよくなったらしく、ロープをとりだす。もっとも近い岩にくくりつけた。


「このロープは細いが百メートルある。ここを起点に往復しながら枝道をしらみつぶしに調べる。これで迷うことはないよ」

「ありがとうございます」


 清美の予知のおかげとは言え、今日の穂村は冴えている。準備万端だ。


「僕、もう歩けない」


 青蘭が言うので、剣崎と二人でその場に残すことにした。しばらく周辺を穂村と探索することに決める。あるていど洞窟内の地図ができてから、全員で再出発だ。


「……青蘭、もうさらわれないよね?」

「さらわれませんよ。剣崎だって、そばにいてくれるんだし」

「それならいいけど……」


 こう言っていても、さらわれるのが青蘭だ。ほんとは離れたくはなかったのだが、当人が動かないのだからいたしかたない。心配ではあったが、二人を残して歩きだした。


「島の地下にこれだけ広い空間があれば、あちこちの井戸から猫が出てきても不思議はありませんね。穂村先生」

「そうだね。ここは袋小路だ。戻ろう」

「こっちの道は続いてますが細すぎますね。人間には通っていけない」

「じゃあ、こことここもバツ印だな。こう複雑だと海賊の宝がどこかに隠してあっても不思議はないね」


 いくつかの枝道を行ったり来たりする。


「でも、真魚華さんがいなくなった今、海賊の宝があっても相続者がいないんじゃないですか? 浦主家に親戚があれば話は別ですが」

「親戚ならいるとも。とうぜんだろう。昔は羽振りがよかったんだからな。島のあちこちにいた。ほとんどの家は途絶えてしまったんだが、宗太郎の娘の嫁いだ家が、まだ残ってる」

「そうなんですか」

「うん。名字が——」


 話していた穂村がとつぜん、横道を示す。


「そこ、まだ調べてないな」

「風の流れがありますね」

「外に通じてるのかもしれないぞ」

「外なら、どのあたりですか?」

「寺の近くだ」

「寺の……ってことは、島の北西ですね」


 枝道に入ってみる。ほとんどさきには進めなかった。すぐに壁があり、行き止まりになっている。が、見あげると星空が頭上にひろがっていた。間違いなく、どこかの外へ通じている。


(あれ? もしかして、寺の近く。北西……ってことは、ここって?)


 なんとなく上から黒い影がのぞいたような気がした。が、


「本柳くん。こっちに何かある」


 穂村に言われて、あわてて袋小路を出た。


「何かって、なんですか?」

「広い空間があるんだ。奥に箱みたいなものが」

「呪いの品物かもしれませんね!」


 穂村は数メートル離れた前方に立っていた。急いでそこまで走っていく。


 たしかに、そのさきにはホールとまでは言わないが、八畳ていどの空間があった。穂村のヘッドライトに照らされて、奥の壁ぎわに大きな四角い箱がいくつも見える。ちょうど棺おけのようなサイズ感だ。


「人間の死体が入ってるんじゃないですよね?」

「ハッハッハッ。ナイスジョークだ。本柳くん。行こう」


 ジョークのつもりではなかったが、穂村が走っていくので、しかたなく、あとを追う。近づいてみれば、それは長持ちだ。とても古く頑丈な造りだ。全部で十二。期待が高まる。


「これは、いよいよですかね?」

「そうかもしれんね。あけてみよう」


 もっとも手近な箱に近づき、左右から二人でふたをあける。懐中電灯でなかを照らした龍郎は驚愕した。金色の輝きであふれている。わらじのような大きな金のかたまりがいっぱいに積まれているのだ。


「これは……大判小判ですね」

「おお、すごい数だね。三千両はありそうだ。平均で一枚十万円としても、ざっと三億円か」


 三億円が十二箱。総額三十六億だ。大判や小判はプレミアかついているものもあるので、場合によっては、さらに高額になる。


「大金ですね」

「大金だなぁ」


 ハッハッハッと穂村は笑う。

 しかし、龍郎の探しているのは、金銀財宝ではないのだ。これは、あきらかに浦主家の先祖が遺した隠し財産だ。でも、呪いの品物らしきものも、からくり人形も見あたらない。


「おかしいな。ここにある財宝からは悪魔の匂いがしない。ただの金塊です」

「君、君、もっと喜びたまえよ。これはいわゆる拾得物だ。落としぬしに最大三割の謝礼を要求できるよ」

「おれ、いりませんよ」

「じゃあ、私が研究費として貰おうかな」

「…………」


 意外と穂村の金に汚い面を見た。


「そう言えば、アンドロマリウスは大金持ちだったのに、穂村先生は違うんですか?」

「智の探求には資金が必要なんだよ、君」


 つまり、同じ魔王でも、つねに金に困っていると。

 前々から外国旅行などを平気でねだってくるから、なんとなくそうではないかと思ってはいたが。


「じゃあ、まあ、これはあとで警察に届けでるとして。まださきがありますね。どこかにつながっているのかな?」


 龍郎たちが宝箱に背をむけた瞬間だ。とうとつに足音が迫ってきた。

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