第11話 猫神 その三



「君たち、恋のさやあてはいいから、とにかく、ここを調べようじゃないか? それとも、いったん屋敷に帰るかね? もう七時前だ」


 傍若無人に穂村が言うので、ある意味、助かる。


 龍郎は考えた。

 真魚華が消えてしまった。悪魔化していたから、しかたないとは言え、花影や奥野たちはどう思うだろうか? 雇いぬしが行方不明なのだ。へたすると、龍郎たちが殺したと勘違いしないだろうか?


「気になることがあるんですよね。真魚華さんは退治できたけど、呪いの品だと言われている人形もまだ見つかっていない。それに、おれが見た幻では、呪いの品は人形ではなく宝石だった。どっちが本物かわからないけど、その品物を見つけないかぎり、根本的な解決にはならないんじゃないかと思う」

「じゃあ、探すかね?」と、穂村はかんたんに言う。


 龍郎は青蘭を見た。

 青蘭は剣崎に着物の乱れをなおしてもらっている。帯がないから、剣崎が自分のベルトで止めている。


 ああいうところをみると、ほんとにイライラする。しかし、ここは甘んじておかなければ。ケンカをしても青蘭を困らせるだけだ。いつか、ちゃんと決着をつけないと。


「青蘭。歩けるよね? 真魚華さんがいなくなってしまったから、もしかしたら、おれたち、これ以上、泊めてもらえないかもしれない。今夜中に事件を解決したほうがいいよ」

「僕、お風呂場でさらわれたから、裸足なんだけど」

「ああ、そうか」


 さすがに岩肌の地面を裸足で歩けとは言えない。いったん戻ってくるしかないだろうかと考えていると、穂村がリュックをおろし、真新しいビーチサンダルを出してきた。赤い花飾りがついた可愛いやつだ。どう考えても、青蘭が振袖であることを見こした履物はきものである。


「清美さんの助言ですか?」

「むろんだとも」


 さすがだ。清美。神がかっている。


「早く清美さんにも会いたいなぁ。前に電話はしたんです。あいかわらず元気そうでしたが」

「うんうん。早く清美くんのプリンが食べたいものだよ。この事件が終わったら、さっさと家を買って呼びよせなさい」

「ははは……」


 以前、みんなで暮らしていたあの古民家。たしかに、なつかしい。


「龍郎さん。この人、誰?」


 青蘭はやはり以前の記憶を全部なくしてしまっている。穂村のことも覚えていないらしい。


「おれの母校の考古学の先生だよ。たまたま、こっちでいっしょになったんだ」

「ふうん?」


 不審げな目をして、花飾りのビーチサンダルをはく。サイズもピッタリだ。


「なんで僕の足のサイズ知ってるの?」

「た、たまたまだよ。ね? 穂村先生?」

「うん? 清美くんの予知——」

「はいはいはい。じゃあ、呪いの海賊の宝、探しに行こうか!」


 強引に話題を切りかえて、周囲を見まわす。


「そう言えば、剣崎さん。変なところからとびこんできましたよね?」


 剣崎はこれみよがしに青蘭の肩を抱きつつ答える。ガキくさいというか、あからさまというか、イチイチ腹の立つライバルだ。


「そっちの岩壁がくずれていた。つい最近、誰かが壊したような感じだった」


 さし示された右手の壁をさぐると、たしかに大きなハンマーで砕いたような穴があいている。


「そうか。真魚華自身が入りこむのに入口が必要だもんな。ここが、となりの通路につながっているんですね?」

「ああ」


 くずれた瓦礫がれきをふみこえて、となりの道へ移る。見たところはさっきまでの道と変わりがない。太いしっかりした一本道だ。ただし、さっきの道は座敷牢にぶちあたって行き止まりだったが、この右端の道には、まださきがある。


「だいぶ奥が深そうですね」

「うん。このライトでも照らしきれんなぁ」


 龍郎と穂村が先頭になって歩いていく。やや離れて青蘭と剣崎がついてきた。


 少し歩くと、道の一方が浅い川になった。同時に岩肌の質感が変わってくる。


「ツルハシのあとがなくなった。天然の洞窟なんだ」

「うん。どうも、そのようだね。島内の井戸が地下で通じていることと関係があるかもしれんね」


 天然の洞窟に入ったせいだろう。道が急にまがりだした。カーブを描いて、さきを見通せない。


 すると、どこからかイヤな音が響く。

 キリキリキリ、カクカク、カカカカカ……。

 あの音だ。


 龍郎は立ちどまり、周囲を見まわした。岩肌にあの影が映っている。まだ遠いが、牙のある大きな口の影絵。


(退治したわけじゃなかったんだ)


 龍郎は叫んだ。

 あの形態の悪魔には、こっちの攻撃がきかない。本体を見つけるまで逃げるしかない。


「みんな、走れ!」


 さっきは黒猫が助けてくれた。でも今、あの猫はいない。


 龍郎の口調から真剣味をとらえたのか、誰も反問することなく走りだした。

 しばらく進むと道は枝わかれした。いくつも分岐していく。あの最初のホールより、さらに広い空間に出た。


 もう音は聞こえない。影も見えなくなった。しかし、方角がわからない。スマホで方位磁石のアプリを出そうとしたが、地下なので電波が通じない。圏外になっている。


「どうしたの? まさか、迷ったの?」


 青蘭が心細そうな声でつぶやく。

 龍郎は答えられなかった。

 うん。そのとおりだよ、とは……。

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