第十一話 猫神

第11話 猫神 その一



 黒漆でぬった箱。

 赤い紐をとき、ふたをあけると——


「ん? なんだ、これは? 巻物じゃないか」

「ですね」


 一幅の掛軸だ。若い男が描かれている。中世の呪いの品というには新しい。多少、色あせてはいるものの、せいぜい数十年しか経過していないのではないかと思える。


「違いますね。これは呪いの品物じゃない」

「うん。だが、大事なものかもしれん。私が持っておこう」


 穂村は巻物を箱に戻し、自分のリュックに入れた。

 気がつけば、あの黒猫はいなくなっている。見たことのある猫なのだが、どこでだったろう?


「ここはただの枝道ですね」

「そうだな。おそらく、この洞窟は海賊の要塞みたいなもんだったんだろう。したがって、海のようすを観察する場所だったか。あるいは灯台ができる前は、ここで目印の火を焚いたのかもな」

「なるほど」


 急いで引きかえし、灯台へ戻る。そこから最初の扉を通って、もとの洞窟へ帰った。


 穂村は灯台の入口に鉛筆のようなマークを描いた。たぶん、灯台のつもりなのだ。あまり絵はうまくない。宇宙のすべての智を知りつくしたと言われる魔王でも、芸術のセンスはないようだ。


「次はどの道へ行きましょうか?」


 青蘭の身があやぶまれる。それに、剣崎はどうしているだろう?


「迷わないように左から順う番に行ったほうがいい。一つずつ、つぶしていこう」

「わかりました」


 穂村に言われ、左手から一つずつ確認していく。だが、ほとんどは海賊たちがその昔、物置がわりにしていたらしき穴だった。五、六畳ほどのいびつな形の部屋だ。隠し扉もない。古い風化しかけた麻縄や、木の箱が少し残っているものの、財宝はどこにもない。


「ただの行き止まりですね」

「その昔は金銀や米などが保管されていたのかもしれないがね」


 あとは右端と、そのとなりの穴だけだ。右端はさっき、剣崎が一人でとびこんでいった場所だ。もしも青蘭がいれば、きっと彼が見つけているはず。


「この二つは方角から言って、島の内陸に通じているんじゃないですか?」

「おそらくな」


 ほかの出入口より穴も大きい。穂村とならんででも余裕で通っていける。幅も高さも充分だ。


「これだけ掘るの大変だったでしょうね」

「浦主家が海賊だったころには、国を一つ買えるほどの財宝を手に入れたという記録があるんだ。昭和に入って急速に傾いたが、先祖の残した財宝があれば、まだまだ贅沢にやっていけただろう。案外、宝のありかが浦主家の者にもわからなくなっていたのかもしれんなぁ」

「つまり、この洞窟のどこかに、浦主家の先祖が隠した財宝があるかもしれないと?」

「まあ、そんなところだ」


 話しながら歩いていく途中、ふと、背後に気配を感じてふりかえる。


「どうしたね?」

「いえ……なんでもありません」


 またあの黒猫だろうか?

 何かがついてきているような気がしたのだが。


 まっすぐ一本道が続いていた。だが、さほど進むまでもなく、前方に何かが見えてくる。

 格子戸だ。太い角材を組みあわせて、天井から地面までふさいである。


「なんでしょう。扉かな?」

「いや、あれは違うぞ」


 急いでかけよっていくと、格子のむこうが見えた。こんな地底の洞窟のなかで見るとは思っていなかったものが、とつぜん目の前に現れる。座敷だ。畳を敷いた十二畳の空間。調度品も置かれ、壁には掛軸や違い棚まである。しかし、その壁はむきだしの岩だし、天井にはコウモリがぶらさがっている。


「座敷牢だ! ここが封印された場所なんだ!」


 龍郎はかけよって、格子にしがみついた。そこでハッとする。奥の闇がわだかまるあたりに何かいる。鮮やかな色彩の着物……あの瑠璃色に蘭模様の振袖には見おぼえがある。


「青蘭!」


 まるで淀んだ沼の底がかきまわされて泥が散乱していくように、黒い闇のかたまりが少しずつ薄れていく。

 畳の上に青蘭が倒れていた。気を失い、ほのかに口をひらいて、白いおもてをこっちに見せている。


 だが、そこにいるのは青蘭だけではなかった。はおった振袖から白い胸をはだけている青蘭の上に、黒い影がのしかかっている。瘴気のかたまりは、そいつが放っているのだ。ボサボサの長い髪を床にひきずり、長い舌で青蘭の胸をなぞりながら、するどい爪を今しも、美しいことこの上ない青蘭の麗顔に伸ばしていた。


 真魚華だ。もうその姿はかなり人間離れしているが、着ている服や右目の眼帯に、かろうじて名残がある。顔は完全に猫のそれに変貌して、トラジマの獣毛に覆われていた。眼帯をしていない左の目は金色に光っている。


「やめろッ! 青蘭を離せ!」


 龍郎は格子をゆすって、どうにか座敷のなかへ入ろうとした。が、ふつうの座敷牢にはあるはずの戸口がない。もしかしたら、部屋を造ったあと、最後に格子を天井と床に嵌めこんだのかもしれない。


 ヒヒヒと笑いながら、真魚華は長い舌を青蘭の胸から首すじ、あごの下へと這わせる。何をするつもりなのか、なんとなくわかった。これまでの悪魔たちはみんな、なぜか右目に固執していたからだ。


(青蘭の右目をえぐりだそうとしてる!)


 龍郎はあせった。

 早く青蘭を助けなければ!

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