第10話 灯台の猫守 その三



 目の前でパンと手を打たれたかのような衝撃を感じて、龍郎は我に返った。


 視界に入るのはコンクリートの床と、まぶしい光を放つライトだけだ。どこにも怪しいものはない。どうやら幻覚を見ていたらしい。


(呪いの品が島に持ちこまれた日の映像だ。おれたちが探してるのは、からくり人形のはずだけど、そうじゃなかったのか?)


 あの男が浦主家の何代前の先祖なのかはわからない。が、あの男のひろったが、呪いの根源であると感じた。本人は宝石と思っていたが、龍郎には彼の手元がよく見えなかった。


「穂村先生。今、おれ、幻を見ました。たぶん、過去にこの場所で起こったことです」

「うん。過去視だね。この場所に残る霊の記憶だ」

「やっぱり、そうですよね。でも、それなら、おれたちが探すべきなのは宝石だ。たぶん、鶏卵より少し小さいくらいの」

「ふうん。そういう話は言い伝えのなかにはなかったな」

「どういうことでしょう?」

「わからん。しかし、君が見たというのだから、幻視のほうが正しい。伝承はどこかで間違うものだ」


 とにかく、この場所には青蘭はいない。機械装置しかないことを確認して、龍郎は階段へ戻った。全速力でかけおりる。


「おいおい。本柳くん。待ちなさい。目上の者を敬いたまえよ」

「先生。急いでください。先生が離れると足元が暗くなるんです」

「ふひぃー」


 穂村をせかして急いでいたときだ。どこからか奇妙な音が聞こえてきた。キリキリキリ……キリキリキリ……という、機械的な金属音。


「ゼンマイ……ですかね?」

「さあなぁ」


 最上階に置かれた機械の作動する音が、空洞の多い灯台の内部に反響しているのだろうか?


 じょじょに音が大きくなっている。いや、近づいている?


「穂村先生。やっぱり、音がしますね?」

「うん。するな」


 穂村がふりかえった瞬間だ。

 ヘッドライトに照らされて、壁に影が映りこんだ。ライトの角度のせいか、影はとても大きく見えた。髪の長い人間のようなシルエット……。


 カカカカカ、カカカカカと、硬質な音を立てながら、が迫ってくる。カクン、カクンと首をゆらし、階段をおりてくるさまは、どこか不自然だ。


(悪魔だ!)


 龍郎は穂村を追いこし、前に出た。階段をあがり、影に向かっていく。が、そのとたん、ふっと影は消える。


 逃げたのか?

 不審に思いつつ、さらに数段あがる。しかし、それでもカーブになった階段に悪魔の姿はない。


「本柳くん。無視して行こう」

「そうですね。攻撃してくるわけでもないし」


 青蘭を助けだすことが先決だ。再度、くだる。するとまた、キリキリカクカクカカカカと、あの音がして、影が壁に映る。今度は穂村のヘッドライトがあたっているわけでもないのに、くっきりと影絵が浮かんでいた。


「急いで下までおりましょう」


 ただの影だけなら問題ない。穂村が言うように無視して下方へ走る。背後のカカカ、キリキリという物音はだんだん大きくなる。チラリと見ると、巨大な影がパックリ口をあけて迫っていた。するどい牙が生えている。あれが実体なら、その牙でかみつかれれば軽いケガではすまない。


 うわッと、とつぜん、穂村が悲鳴をあげた。よろめいて、数段ころげおちる。


「先生! 大丈夫ですか?」


 助けおこそうとして、龍郎は気づいた。穂村の腕から血が流れている。


「……先生?」

「やられた。影だ! ヤツに自分の影を攻撃されると、本体の我々が傷を負うんだ」


 なるほど。コンクリートの壁には、龍郎と穂村の影も浮かんでいる。今しも見ているうちに、悪魔の影が龍郎の影の頭をかみきろうとした。あわてて、しゃがみこんでよける。タッチの差で頭部のすぐ上を風圧がすぎていった。


「逃げましょう!」


 くだりだから、まだしもスピードが出せる。それにしても、影はすべるように近づいてくる。何度も肩や頬に痛みが走った。が、とにかく気にせず逃げ続ける。


「もうダメだ。これ以上、息が……続かんよ」

「先生。あきらめないで」


 龍郎はともかく、穂村は肉体的にはただの人間だ。それも、アラフォーの人間。龍郎ほど速く走れるわけではない。限界が近いのは目に見えている。いっそ階段からつきとばしてやろうかとも思ったが、そのせいで骨折などされては困る。


「どうやったら反撃できるんですか?」

「あれは悪魔の影だ。本体はここにはいない」

「そうですね」

「浄化の光や浄化の玉じゃ……効かんよ。前みたいに剣を出せばいい」

「剣を、ですか」

「向こうが影で襲ってくるんだ。君も影でアイツを襲えば、やっつけられるはず。剣なら影に持たせられる……だろう?」


 それができればいいのだが、あいにく、龍郎は今、なぜだか退魔の剣を出すことができない。


(どうしたらいいんだ?)


 考えあぐねていたときだ。

 ニャアと猫の鳴き声がして、黒い影が目の前をよこぎった。あの黒猫だ。さっき、休憩室にいた猫。


 猫が悪魔の影にとびつくと、雄叫びが響きわたった。

 化け物の影は霧散する。


「た、助かった」


 穂村はなさけないかっこうで階段にしゃがみこむ。ハアハアと肩で息をしている。


「あの猫のおかげですね。おいで、おいで。助けてくれて、ありがとう」


 だが、猫はやはり龍郎のもとへは来ないで、階段をおりていく。


「先生。行きますよ」

「……待ちなさい。人づかいが荒いな。君も」


 やがて、猫は途中の壁の前で止まる。カリカリとひっかいて、ニャアニャア鳴く。


「あれ? どうしたんでしょうね?」

「知らんよ。猫に聞きなさい」

「じゃあ、聞いてみます」


 龍郎がとなりに立つと、猫は神妙な目で見あげる。ただの爪とぎなどではないようだ。


「ここが気になるのか?」


 ニャアと言うので、壁を押してみた。壁がクルッとひっくりかえった。どんでん返しだ。忍者屋敷にある仕掛けと同じである。


「穂村先生。このさきにも道がありますよ。行ってみますか?」

「むろんだとも。道は進むために、謎は解明するためにある」


 岩壁のトンネルだ。進んでいくと、絶壁に通じていた。真下に海が見える。そう言えば、浦主家から見たとき、灯台のある岬の下に黒い穴があった。あの場所なのだろう。


「本柳くん。ここに箱がある」

「箱ですか?」


 壁の一部に棚のようなくぼみがあった。そこに細長い箱が安置されている。大きさは四、五十センチほど。


「もしかして、これが呪いの品ですか?」

「あけてみよう」


 穂村が箱を手にとり、ふたをあける。

 龍郎は息を呑んで見守った。




 了

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