第10話 灯台の猫守 その二
岩を掘った人工の階段だ。らせんを描いて上へと続く。とは言え、さほど長くはない。二十段も進むと扉があった。
鍵がかかっていれば、そこでひきかえすしかなかった。が、ドアノブをまわすと、軋みながらもひらいていく。重い木の扉のすきまから光がもれた。
「やっぱり、灯台だ。両手が石の壁です」
階段が上部に続いている。が、外から灯台に出入りするためのドアらしきものは見あたらない。光は壁のところどころにある明かりとりの小さな窓から入りこんでいた。
「上に部屋があるかも」
「そうだといいが、灯台だからな。レンズやら機械があるだけかもしれんよ」
話しながら階段をあがっていく。
さほど高層な灯台ではなかった。外から見た感じだとビルの二階建てくらい。高さで言えば十メートルていどだった。半分もあがったあたりだろうか。壁の一方にドアがあった。階段は続いているものの、いったんその扉をあけてみる。丸い一つの部屋だ。簡易な椅子とテーブルが置かれている。
「灯台守の部屋かな」
「むこう側にもドアがあるぞ」
「そうですね」
部屋をつっきって、反対のドア前に立った。が、ここには鍵がかかっていた。ドアのまんなかにガラスの小窓があるので、のぞいてみる。すると、こちらは外壁にとりつけられた階段へ通じていた。
「ダメですね。ここは外に出るだけです。それに鍵がかかってる。さっきの階段をのぼってみましょうか」
穂村の言うとおり、装置があるだけかもしれないが、真魚華が逃げこんでいないとは言いきれない。
部屋を出ようとしたときだ。ニャアと声がするので、見れば、壁に造りつけの棚の上に、一匹の黒猫がいた。キレイな猫だ。飼い猫かもしれない。緑色の燃えるような瞳をして、首に赤いリボンをつけている。
(あれ? どっかで見たかな?)
島は猫だらけなので、どこかで見かけたのかもしれない。
龍郎は猫にむかって手を伸ばした。
「おーい。ここは出口がないんだぞ。いっしょに行こう」
猫はプイッとそっぽをむくと、棚からとびおりた。トコトコと階段のほうへ行ってしまう。
「ああ……危ないのに」
「まあまあ。猫が入りこんだってことは、どこかに彼らなら出入りできる場所があるんだよ」
「そうかもしれませんね」
しかたないので、龍郎たちも部屋を出る。階段をあがっていくと、また扉があった。今度は鉄製だ。さびついているのか、やけに重い。
ようやく、ひらいた。
大きなレンズやライトなどの装置が一瞬、見えた。
だが、その直後だ。とつじょ、視界が暗くなり、雷鳴がとどろいた。嵐だ。豪雨が灯台に吹きつけている。
龍郎はギョッとした。目の前に時代劇のなかでしか見ない
「
「さてね。この嵐だ」
「だから、よせと申したものを」
「我らは火が消えぬよう守るのみだ」
灯台と言っても鉄筋コンクリートやレンガではない。木造の建物だ。灯火も松明を組んだ
蓑を着た男たちは必死に火を絶やさないよう努めていた。が、やがて、よこなぐりの豪雨に吹き消された。
「おい。与吉。船だ! 権蔵たちの船が帰ってきたぞ」
「おお。無事に戻ってきたか」
「ああッ、大波が!」
「船が——船が沈む……」
沖合の高波が今まさに竜のあぎとのように船を飲みこむ。次々にさかまく荒波のなかで、船は
蓑を着た男たちは鐘を鳴らし、島の男たちに危急を告げる。
「与吉。おまえは人を呼んで来い。おれは浜に行ってみる」
「わかった」
二人は灯台を走り出ると、それぞれの道へわかれる。
すでに鐘を聞きつけて、こっちへ向かっている者もあった。それらと崖下にかけつける。岩場に船の残骸や積荷が散乱していた。人間も倒れていたが、どれも胸が動いていない。
「おーい! 誰か生きてる者はないか? 誰ぞ、生きておらぬか?」
たとえ海賊とは言え、これほど荒れた海になげだされれば、ひとたまりもない。
そのとき灯台守は、闇のなかでほのかに輝くものを見つけた。それは一つの石だ。ただの石にしては小さいが、宝石として見れば、べらぼうに大きい。暗闇を切りさくかのごとく、金緑に燃えあがる妖しい美しさで輝いていた。
(誰も……見ておらぬな?)
灯台守はそれを自らのふところに入れた。
それからというもの、彼の生まれた家はどんどん栄えていった。ただの灯台守にすぎなかった一家が島の頭となり、何もしなくても財宝が集まってきた。すべてあの石のおかげなのだ。
だが、その反面、彼はしだいに狂気に取り憑かれた。兄を殺して家長になり、海へ出れば、多くの船を沈め、大勢を
これが浦主家の呪いの始まり。
その品は一隻の船乗り全員の命とひきかえに、島にもたらされた。
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