第十話 灯台の猫守

第10話 灯台の猫守 その一



 掛軸の裏に、ぽっかりと穴があいていた。漆喰の壁にヒビが入り、最近に崩れたようだ。まだ壁のカケラが残っていた。


「ここか! 封じられた座敷牢!」


 龍郎は急いで真魚華のあとを追う。青蘭をつれていかれてしまった。見失ったら大変だ。


 穴をくぐると、しかし、予想に反して座敷牢ではなかった。畳や人工の調度などはどこにもない。岩壁をくりぬいたトンネルになっている。


「あの点線だ。灯台へ通じる隠し通路だな」


 座敷牢はこのさきにあるのかもしれない。


 とは言え、今はそんなことを考えているヒマはない。とにかく、真魚華のあとを追わなければ。そう思うのだが、暗闇のせいでスピードを出せない。


「私に任せなさい」


 穂村の声がして、前方が明るくなった。ヘルメットのライトをつけたのだ。まさか、こんなにも早く役に立つとは。


 建設などの作業用ライトらしく、かなりの広範囲がいっきに照らされた。トンネルは十メートル以上続いている。どういうわけか、もう真魚華の姿が見えない。まだそれほど遅れをとったはずもないのに。異様な速さで走りぬけていったとでもいうのだろうか。


(猫の目になってた。人より暗闇がよく見えるのかも)


 あきらかに人間が掘りぬいたトンネルだ。天井や壁にツルハシのあとがある。足元も平坦だから、ひじょうに走りやすい。これが見えていたのなら、ためらうことはなかったろう。真魚華はずいぶんさきへ行ってしまったに違いない。


 とにかく、けんめいに追っていく。だが、途中でその足は止まった。


「大変だ……」

「おお。こりゃまた八幡の藪知らずだな」


 とつじょ、目の前がひらけた。そのさきには広い空洞があり、壁にたくさんの枝道への入口が待ち受けていた。少なくとも五つ。


「距離から言って、ちょうど灯台の真下だな」と、穂村は冷静に計算しながらつぶやく。


「青蘭の匂いが消えた……」


 どこからもしなくなった。いや、青蘭だけではない。真魚華の放つ強烈な悪臭も今は感じられない。そうとう遠くへ行ってしまったか、あるいは……。


(結界のなかへ逃げこんだ)


 これではすぐに探しだせない。

 龍郎が行くべき方向を決めかねていると、背後から足音が近づいてきた。ふりかえると、剣崎と花影が懐中電灯を手にやってきた。


「青蘭さまがいない!」

「わかってる。真魚華さんが悪魔になって、さらっていった」


 ぐうっと剣崎はうなり声をあげる。悪魔相手では太刀打ちできないことを、この島でイヤというほど自覚したのだろう。


「さらわれた。なら、助けに行かないと」

「おれも今、探してるよ。ところで、花影さん。あなたは危険だから、屋敷に戻ってください。ここまでなら一本道だ。迷わずに帰れる」

「でも、真魚華さんはどうしちゃったんですか? 急に……気がふれたみたいになって」

「真魚華さんのことは、おれたちに任せて」


 花影はしかたなさそうにうなずいた。じっさい、このさきは危険だ。真魚華はすでに悪魔化している。知人や友人だからと言って容赦してくれるとは思えない。


「わかりました。これ、使ってください。わたしはいいので」

「ありがとうございます」


 花影は龍郎の手に懐中電灯を渡して、もとの道へ帰っていった。


「青蘭さまを探そう」と一人で勝手に走っていく剣崎を、龍郎はとどめた。

「待ってください。一人で悪魔に襲われたら、あなただって危ない」

「おまえにどうこう言われる筋合いはないね」


 剣崎は走っていった。

 穂村がハハハと声をあげて笑う。よくこの状況で笑えるものだ。


「本柳くん。君はこりないねぇ。また三角関係か。よっぽど好きなんだな」

「いや、好きでこんなことになってるわけじゃないです。それにしても、青蘭の匂いも悪魔の匂いもしなくなったんですが」

「穴を一個ずつたしかめてみるしかないな」

「そうですよね」


 よっこらしょと年寄りじみたかけ声を出して、穂村はリュックを背中からおろす。とりだしたのは、ひと巻きのロープとチョークだ。


「こんなこともあろうかと用意してきたよ」

「用意周到ですね」

「むろんだとも。清美くんの助言だからな」

「そういうことですか」


 穂村はまず、たったいま通ってきた浦主家につながる穴の出口に、白墨で三角と四角を重ねた家のマークを描く。単純だが、ホームだとひとめでわかる。


「これでよかろう。じゃあ、どっちから行くかな?」

「屋敷からまっすぐ来たってことは、右手は陸側、左手は海側ってことですよね?」

「うん。屋敷の端から岩場が海にむかってカーブを描いていた。灯台はみさきの先端に建っている。方角から言えば、左手前方だ」


 龍郎は穂村の説明を聞きながら、以前、客間の外の庭から見た海岸線の形を思い浮かべる。たしかに灯台だけ前にせりだしていた。


「そうですね。じゃあ、もっとも左の穴が灯台かな。右手にあるのは全部、島内に向かってるってことですね」

「ただの行き止まりかもしれんがね」


 灯台へはすぐにも行くつもりだった。浦主家の封印された座敷牢への入口としての用途からだ。しかし、ここまでに座敷牢はなかった。ということは、灯台のなかにそういう部屋が隠されている可能性もある。


「灯台へ行ってみましょうか」

「かまわんよ」


 龍郎は穂村とともに左の穴をくぐった。まもなく、階段が見えてきた。

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