第2話 猫目の少女 その二



「悪魔が取り憑いているのは、娘さんのようですね」


 こう龍郎が告げると、男の顔は不機嫌そうにくもった。宣言が的中だからだと思ったが、それは半分あたっていて、半分ハズレだった。


「これは真魚華まなか。私の家内だ」


 なんと、四十歳年下の細君だった。どう見ても少女は十七か八。ことによると十六。法的に結婚できるギリギリの年齢だ。好きあって結婚したとは思えない。


(金で買った花嫁ってとこかな。だから、華美な着物で着飾らせてるのか。あれ? でも、振袖ってたしか、結婚前の女の子が着るものだよな)


 最近はそこまでウルサイことは言わず、大人でもパーティードレス感覚で振袖を着るらしいから、そういうことだろうかと考える。すると、男が龍郎の思案を読んだ。


「正確にはフィアンセだ。成人するまで式はあげんよ」

「なるほど」


 しかし、もう一つのほうは当たっていた。男は声をひそめ、真剣な顔で言いだす。


「……真魚華には悪霊が取り憑いている。おまえたちには、その霊を祓ってもらいたい」

「どんな霊です? 霊障などあれば、教えてもらいたいんですが」

「そんなこともわからんのか?」

「幽霊なら見えますけどね。悪魔はもっと手強い場合が多いんですよ。情報は正確で、たくさんあるほうがいい」

「ふん」


 小馬鹿にしたようすで男は鼻をならす。が、悪魔祓いはしてほしいらしく、仏頂面で告白する。


「じつは……口で説明するより、見てもらうほうが早かろう。真魚華。見せてやりなさい」


 男に言われ、少女は眼帯に指をかけた。目を閉じたまま、両耳のゴムを外す。

 もったいぶるようすだったので、もしやその下に目立つ傷でもあるのかと思ったが、とくに問題はない。キレイなものだ。


 だが、次の瞬間、少女が目をひらいた。

 その瞳を見て、龍郎はギョッとする。それは人の目ではなかった。眼帯で隠していたのは、このためだったのだ。

 左目はふつうの目だ。日本人にしては黒目の色が淡いが、それだけだ。どこもおかしくない。


 でも、眼帯で隠されていた右目のほうは、瞳の色が黄色い。虹彩は縦長だ。

 まるで、猫の目——


 ゴクリと息を呑んだあと、龍郎はたずねた。


「その目は、いつからですか?」


 すると、少女が「わッ」と声をあげて泣きだす。人の目からは涙があふれたが、猫の目はあいかわらず冷たく輝いている。


 答えたのは男だ。

「一年ほど前か。ちょうど、私と婚約した直後くらいだな。さんざん、名医と呼ばれる医者に診せたが、まったく原因すらわからん。なんとかしてくれ。これじゃ、せっかく美人の妻をめとる意味がないじゃないか」


 なんとなく読めてきた。

 男が少女を婚約のまま置いているのは、この目のせいなのだ。とは言え、容姿に傷がついたというのなら、婚約を解消して別の女をつれてくればいい。男はそうとうの資産家のようだ。金さえチラつかせれば、いくらでも代えはきくはずだ。男が金持ちでさえあれば、年齢差や容姿は気にならないという女の子だって、世の中には多い。

 ということは、真魚華というこの少女にこだわる理由があるのだろうか?


「ところで、あなたのお名前を聞いていませんでしたね?」

下井しもい義郎よしろうだ」と、男は名乗った。

「あれ? この家は浦主さんのお宅ですよね?」


 下井はニヤリといやらしく笑う。

「そうとも。浦主真魚華の自宅だ。私は婿養子さまさ」


 若くて美しい旧家の娘が、うんと年上の冴えない男と婚約する。つまり、金を持っているのは下井で、浦主家はかつて分限家だったものの、今は落ちぶれているということか。


(それにしても、真魚華の親はどこにいるんだ? 婚約者とは言え、他人が家のなかで主人顔してるってのに)


 どうも複雑な事情があるようだ。この家に悪魔が取り憑いていることとも関係しているかもしれない。


「今のところ、ほかに霊的なことは起こっていませんか? 亡霊が出るとか。化け物を見たとか」


 悪魔の匂いは真魚華からする。しかし、真魚華自身が悪魔ではない。真魚華のまわりに何かしらの霊的なものがまといついている。

 龍郎はそう読んだ。これほどの自覚があれば、本人も異常な体験をしているはずなのだが。


 真魚華はうつむいたまま、小さく首をふった。ほんとに何も感じていないのか、それとも他人に打ちあけることをためらっているのか、判断しかねた。


「じゃあ、家のなかを見せてもらってもいいですか? 誰か不審なものを見ていないか、聞きとりもしたいですし」

「ふん。かまわん。好きにしろ」


 下井は畳をふみならして出ていった。

 真魚華は眼帯をつけなおした。が、メソメソしたまま、うなだれている。


「あの……その目をなおすために尽力しますので、教えてください。この家はかなりの旧家のようですね。家にかかる呪いのような、いわれがありますか?」


 真魚華は力なく首をふる。どう見ても十代だ。案外、いわれはあっても誰にも教えられていないのかもしれない。


「ご両親はどこです?」

「……いません。一年前に事故で死にました」

「失礼しました。では、この家の当主はあなたですか?」


 これには、うなずく。

 つまり、下井が真魚華でなければならないのは、家柄が欲しいせいなのだろう。


「下井さんには経済的な援助を受けていますか?」


 また、うなずく。

 やはりそうだ。


「ほかにご家族はいないんですか?」

「祖母がいます。でも、認知症で……」

「なるほど」


 これは難物だ。情報収集すら思うように、はかどらない。


(古い話なら、島の老人が知ってるかもしれないな)


 そう考えていると、真魚華はつぶやいた。


永航寺えいこうじの住職なら……」

「永航寺ですか」

「山のところにあるお寺です」

「わかりました。そこにも行ってみます」


 来るときに見た石段だ。

 次は山のぼりをしなければならない。

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