第2話 猫目の少女 その三
とりあえず、寺に行く前に屋敷のなかで情報収集をしようと思った。昔の因縁を誰かが知っているかどうかはわからない。が、
「じゃあ、青蘭。おれは調べに行くけど、君はどうするの?」
「僕は疲れた。ここで待ってます」
「わかった」
以前の青蘭はよく悪魔にさらわれたけど、剣崎もついているのだ。自力でも戦えるようだし、問題はないだろう。
(それにしても、青蘭はどうやって戦うのかな? 天使がついてるって言ってたけど?)
龍郎自身の戦いかたは、おそらくだが以前と同じだ。浄化の光や退魔の剣で不浄を清める。
龍郎は一人、座敷を出る。話を聞くために使用人たちのいる場所へ行きたい。住み込みでないかぎり、使用人の部屋はないだろう。だとしたら、キッチンか?
キッチンを探して、家のなかをウロウロする。なんだか、すえたような、カビくさいような変な匂いがどこからか漂ってくる。これは悪魔の匂い……にかぎりなく近い。
気になったので、そっちへ行ってみようとした。が、いくらも歩かないうちに背後から声をかけられる。
「どうかしましたか?」
門前から家のなかまで案内してくれた美人の家政婦だ。
「あ、すみません。雇われてる人たちの話を聞きたくて探していたんです。ちょうどよかった」
「この奥は家の人しか入れないところです。こちらへどうぞ」と、さきに立って歩く。
長い廊下が入り組んで、まるで迷路だ。何度もまがり、龍郎が間取りなんてわからなくなったころに、最初の目的のキッチンへつれられていった。
そこには案内してくれた若い女のほかにも、年かさの小太りの女と、やせた老人がいた。キッチンというよりは、昔ながらの厨房だ。ガスコンロと流し台は新しくしつらえてあるものの、床は土間である。
「こんにちは。みなさんは、浦主さんに雇われている人たちですか?」
問うと、遠慮がちにうなずく。
「この家で起こる怪異の原因を調べています。本柳龍郎です。さっそくですが、みなさんのお話を聞かせてください。まずは自己紹介をお願いします」
龍郎が微笑むと、五十代の女性は、とたんに機嫌よくなった。これでも中高生のころは、イケメンだ、カッコイイとクラスの女子にさわがれたものだ。女性は年齢に関係なく、龍郎に優しい。
「奥野です。ここで家政婦をして、もう二十年になります。わたしは通いだけど、みっちゃんは住みこみなんですよ」
「みっちゃん?」
奥野さんの視線が、さっきの若い女を見ている。女がかるく会釈した。
「
「なるほど」
美嘉は無口なのか、それ以上、何も言わない。老人も無言のままだ。奥野が一人でペラペラとしゃべってくれた。
「この人は山形さんです。山形さんはわたしより昔から、ここで働いてるんですよ」
「そうですか。じゃあ、山形さんや奥野さんは昔からのいわれなんかもご存じかな? この家にまつわる呪いとか、霊とか、そういう話って知りませんか?」
奥野と山形は顔を見あわせた。戸惑うような表情をしている。それは何か知っているが、主家の告げ口をしてもいいのか迷う顔だ。
これは全員そろっているときではなく、個別にあたったほうがいいかもしれない。仲間内の目があると話しづらいだろう。
「ところで、雇われているのはこの三人だけですか?」
「そうですよ。前は春田さんがいたけど」
「春田さんですか。今はどうされてますか?」
「年が年だから、家でのんびりしてますよ」
「春田さんのご自宅を教えてもらっていいですか?」
奥野から道筋を聞いて、龍郎はそれをスマホのアプリでメモをとった。
「じゃあ、何かあれば、教えてください。今から山のお寺に行ってみますので、夕方までには、いったんこの屋敷へ帰る予定です。ちなみに、このあたりに宿ってありますか?」
これにも奥野が答える。奥野以外、誰も話さない。
「島に宿なんてありませんよ」
「そうですか」
屋敷に泊めてもらえるかどうか、あとで真魚華か下井に聞かなければならない。
使用人たちもかんたんには口を割ってくれそうにないので、龍郎は早々に寺へ行ってみることにした。
しかし、「玄関まで送りますよ」と言って、ついてきた奥野が、表へ出たところで、待ちかねたように耳打ちしてきた。
「浦主さんは昔から、この島の網元でね。でも、真魚華さんのひいおじいさんのときにヒドイことがあって、それ以来、この家は猫に呪われてるんですよ」
「猫ですか」
「そう。猫」
真魚華の片目も猫のソレのようになっていた。当然、無関係ではなさそうだ。
「どんな呪いです?」
「家に子どもが生まれると、成人する前にみんな目の病気になって失明するんです。ほら、真魚華さんも……」
じっさい、真魚華のあれは病気なのかどうか判然としない。あんな症状の病気が、はたしてあるものだろうか?
「真魚華さんのひいおじいさんがしたことのせいで、そんな呪いがかかっているんですか?」
「そんな話ですね」
「真魚華さんのひいおじいさんは、すでに亡くなってますよね?」
「そうです」
「故人は何をされたんでしょう?」
「真魚華さんのひいおじいさん。浦主豪太郎とおっしゃったんですが、それはもう強欲なかたでね。亡くなった人を悪く言うもんじゃないですけど。わたしなんかも祖母からいろいろ聞いてます。強欲な上に女に目がなくて。網元ですから、島の人たちにお金を貸してくれたんですが、それが返せないとね。それはもう取り立てが厳しく。どうしても返せないと……その家の女の人にね。まあ、アレですよ。夜の務めをさせるんですよ。借金のかたにってね」
「えッ? それって、つまり……」
奥野は声をひそめるものの、口は止まらない。ほんとはしゃべりたくてしかたないのだ。そうとうウワサ好きのようだ。
「だからね。まあ、妾って言うかね」
「なるほど」
「キレイな娘のいるうちなんかは、わざと船を沈めたり、家に火をつけたりして、借金を作らせて、否応なく妾にしたって話ですよ」
「それは、ヒドイ……誰も何も言わなかったんですか? 警察は?」
「当時のことですから、網元の権勢に誰も逆らえませんよ。警察だって袖の下を渡されればね」
ひいおじいさんと言うことは、七、八十年は前のことだろう。漁でしか食べていけない離れ島で、権威を持つ家のあるじに目をつけられれば、平穏に暮らしていくことは難しくなる。そういう時代だと想像するのはかたくない。従うかどうかが、生死の問題だったのだと。
「豪太郎さんもヒドかったですが、おじいさんの宗太郎さんも同じような人で。下井さんのうちはそのせいで、ずいぶんなめにあわされてね。島にいられなくなって……だからまあ、復讐なんでしょうねぇ」
下井の家に何があったのだろうか? だから、下井は真魚華に執着しているわけだ。四十も年下の少女を金の力で嫁にとるなんて、えげつない男だと思っていたが、どうやら深い事情があるらしい。
了
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