第1話 探偵助手はいりませんか? その三
ロールスロイスでの移動は途中までだった。目的地は孤島だ。自動車ごとフェリーに乗って本州へ渡り、その港からは小型の定期船だ。フェリーで行ってくれるような大きな島ではないらしい。
「では、青蘭さま。車を預けられる場所を見つけてきます。少々、お待ちを」
ジャマな剣崎がいなくなった。龍郎は港でキャリーケースをさげて、青蘭と二人きり。これはチャンスだ。
「ねえ、青蘭。君のお父さんとお母さんの名前は?」
「なんでですか?」
「雇いぬしのことだから、ちゃんと知っておきたくて」
「僕の家族構成ですか?」
「ロールス乗りまわしてるし、金持ちなんだってのはわかるけど。おじいさんがホテル王だとか?」
以前はそうだったのだが、違っていた。
「ホテル王なのは僕の父です。父の名はアーサー・マスコーヴィル。母はカレン・八重咲・マスコーヴィル」
「そうか。
「はっ?」
「いや、なんでもない」
どうやら、今生の青蘭はアンドロマリウスの子どもらしい。
「一人っ子だよね?」
「兄と姉がいますけど?」
「えっ? そうなの?」
「アルバートとケイトです。和名は
「へえ」
よく知った名前を聞いて、とても懐かしくなる。それなら今の世界では、彼ら二人も幸福な人生を送っていることだろう。
「じゃあ、青蘭はお金持ちなのに、なんで旅してるの?」
「……ちょっと、事情があって」と、青蘭はまたイヤそうな顔になる。よほど言いたくないことがあるに違いない。
「僕は末子だけど、父に溺愛されてるので、遺産の生前分与を受けていて、お金には困りません。だから、給料の心配なら必要ありませんよ」
「いや、そういうことじゃないんだけど」
ただ前世との違いを把握しておきたかっただけだ。そのことが今後に影響してくるかもしれない。
他愛もないことだけれど、港の風景を見ながら、青蘭と話をするのは楽しい。
そのとき、風が吹いて、青蘭の前髪がなびいた。純白のひたいがあらわになる。以前にはあった火傷のあとがない。やはり、あの火事を今の青蘭は体験していない。それはほんとによかったと思う。
今の青蘭は大切に育てられ、なんの苦労も知らないようだ。でも、それにしては
もちろん、すぐには教えてくれないだろう。かわりに今度は自分の素性を語った。青蘭は興味なかったかもしれないが、いちおう黙って聞いていた。
「そう言えば、おれ、子どものころによく霊と話してたらしいんだ。自分では覚えてないけど、祖母が教えてくれた」
「僕もです」
「青蘭はどうやって悪魔を祓うの?」
「僕には天使がついているんです」
青蘭は自慢げにニッコリ笑う。
そうこうするうちに、剣崎が帰ってきた。定期船の運行時間になり、三人で乗船する。
瀬戸内海の海原を快速に進んでいく。晴れた空にぷかぷかと雲が浮かんで、塩からい風も心地よい。
しかし、上々な気分はそこまでだった。島についたとたん、龍郎は
(なっ……なんだ? この島?)
ハッキリと妖気がただよっている。黒い影のようなものが、あっちにもこっちにも渦を巻いていた。
「……ここ、危険だ」
思わずつぶやくと、青蘭がうなずく。
「そうですね。見るからに」
「私は何も感じません」と、剣崎。彼はエクソシストとしては無力のようだ。これを何も感じないとは羨ましい。
景色じたいはふつうの漁村だ。小さなボートが停泊した、ひなびた港。防波堤。奥には山があり、港に近い手前に民家が密集している。山肌に石段が見えるから、神社仏閣でもあるのだろう。
何かよそと違うとしたら、いやに猫が多いということだ。港だけでも数十匹いる。
「瀬戸内海って有名な猫島があったよね。
青蘭は何も答えない。青蘭自身も島についての情報はないのかもしれない。
「ここで、どんな怪異が起こるの?」
「……僕が聞いたウワサでは、この島には呪いがかかっていて、生まれてくる猫がみんな、片目なんだって。二、三十年に一度、大量発生して人間を襲うとか」
「ふうん」
どれも、強い悪魔が関係しているふうではない。だが、悪魔がこの島にいすわっていることだけは確実だ。イヤな匂いがする。
「じゃあ、もしかして、今は猫の大量発生中なのかな。すごい数だ」
「たしかに」
漁港にはポツポツとだが人影があり、漁から帰ってきた船の魚をおろしたり、網の手入れをしたりしている。そのまわりをウロチョロする猫は、魚を狙ってはいるようだが、人間を襲うようすはいっこうになかった。それに、こうして見ても片目の猫などいない。ウワサは今のところ、全部ハズレらしい。
「さてと、じゃあ、次はどうする?」
龍郎がたずねると、
「これはあなたの採用試験でもあります。宣言どおりの力があるなら、悪魔の居場所をつきとめられるはず。五日以内にそこへ僕をつれていってください」
なるほど。そう来たか。
まあいいだろう。
まずはエクソシストとしての腕前を青蘭に認めさせる必要がある。
「わかった。情報収集はしてもいいんだろ?」
「そのくらいはかまいません」
というわけで、龍郎はイヤな匂いのするほうへと歩きだした。
了
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