第1話 探偵助手はいりませんか? その二



 というわけで、黒川温泉の宿だ。龍郎の宿より、だいぶお高い部屋に青蘭は泊まっていた。


「僕がなぜ、悪魔祓いをするかなんて、あなたには関係ないんです。それより、ほんとに退治できるんでしょうね?」


 風情のある庭の見える客間で、高級料理を前にして、青蘭は言う。龍郎は彼らの夕食のご相伴にあずかっていた。


「できるよ。問題ない」

「ふうん? じゃあ、明日からさっそく、その島へ向かいますから。あなたのことは当面、月額二百万のサラリーでオッケー?」

「うん」

「経費は僕持ち。給料は月末に銀行振り込み。ただし、能力がないと判断したら、即クビだから」

「いいよ」


 条件なんて、どうでもいい。青蘭といっしょにいられると思えば、なんでも嬉しい。それにしても、あけはなされたふすまのむこうの隣室に、二つならんで敷かれた布団を見ると、なんとも言えず複雑な心境になる。きっと、今夜、この布団で、青蘭はあの男と……。


 思わず、長々とため息がもれる。

 まさか、こんなツライ再スタートになるとは。

 だからと言って、「おれは君の前世の恋人なんだ!」と言ったところで、信じてはもらえまい。青蘭はすべてを忘れているのだ。とうとつすぎる。ここは腹立たしいが、しばらく彼らの関係を黙認してやって、そのあいだに信頼を得ていくしかない。


「じゃあ、おれはこれで。明朝、出発ですね? 何時ですか?」

「それは僕の気分しだい」


 やっぱり、やる気だ。それも、かなり激しく。

 かつて、黒川温泉の宿で青蘭に殺されそうになったことを思いだし、泣きたいような笑いたいような気分になる。

 青蘭のとなりで寝る人が、自分ではないことを痛いほど感じて。


 自分の宿に帰るために立ちあがると、見あげる青蘭がなぜかハッと息を呑んだ。一瞬、行ってほしくなさそうな顔をする。


 困ったものだ。なんで、こんなに可愛いのだろう。龍郎のことを不審者あつかいしてるくせに、ふとした瞬間に甘えたそぶりを見せる。これは、ズルイ。


(でも、これって、青蘭のなかに以前の記憶が、少しは残ってるってことなんじゃ? 表面的には忘れてしまってても、心の奥には刻まれている)


 そう言えば、鍋ヶ滝のことも、なつかしいから来てみたと言っていた。龍郎と見つめあったとき、そのままくちづけをゆるしてくれそうな甘い色香が瞳の奥にあった。あれは見間違いではないと思う。


(希望がないわけじゃない)


 昨日まで、もうこの世界に青蘭は誕生していないんじゃないかとすら思っていたのだ。今は再会できただけでよしとしなければ。


「じゃあ、明日また。宿のロビーで待ってるから」

「…………」


 ほんとはこのまま抱きしめて、さらっていきたい。でも、それは青蘭自身がゆるしてくれない。


「おやすみ」


 言うだけ言って、龍郎は外へ出た。


 自分の宿に帰り、温泉につかって布団にもぐりこむ。ひとり寝の枕はやけに冷たい。


 その夜、夢を見た。

 夢はの世界だ。

 どんな姿に変わっていようとも、人ではなくても、必ず見つけだすと約束した、青蘭の根源。

 恨みがましそうな目で畳の上に座っている。


「怒らないでくれよ。悔しいのは、おれのほうなんだ」

「遅かった」

「ごめんよ。あやまるから」

「待ってたのに」

「でも、ちゃんと見つけたろ? もう離れないから。ずっと君のそばにいる」


 失われていた瞳はもとに戻っていた。再生したのか、それとも、以前の世界で龍郎と青蘭の心臓に埋めこまれていたものが、彼のなかへ返っていったのか。


 長い髪の、青ざめた死人の肌の青蘭。人の姿の青蘭より、少し幼い。恐ろしい力を持つ邪神だが、龍郎にとっては底なしに甘ったれの泣き虫にしか見えない。


「こっちへおいでよ。ずっと手をつないでいよう」


 ベソベソと泣くと手をとりあってよこたわるうちに、いつしか眠っていた。


 翌朝。

 龍郎は自信回復だ。何しろ、青蘭の本性であるは、やっぱり龍郎を慕っている。人間の青蘭は言ってみれば仮の姿だ。混迷しているのは、ただの記憶の欠如のせい。絶対にいつか、もう一度ふりむかせてみせると決意する。


 朝の青蘭は不機嫌だった。夜に恋人とたっぷり愛しあったはずなのに、どうしたことだろう。


「青蘭さま。おかげんが悪いなら、今日の出立は延期してはいかがです?」

「別にぐあいは悪くないよ。ちょっと夢見が悪かっただけ。早く行こう」


 剣崎と言いあっている。

 前から、青蘭は警戒する相手にはクールだが、心をゆるした人にだけ甘えるクセがある。剣崎にだけワガママ放題なのは、むしろ甘えているからだ。


(妬けるなぁ。なんの因果で、こうなったのか)


 まあいい。悪魔祓いを始めれば、必ず龍郎にも逆転のチャンスがある。


「さあ、行こう。おれが役立つところを見せてやるよ」


 剣崎がロールスロイスを宿の表にまわしてくる。以前の龍郎が乗っていた中古の軽を思いだして、少しへこんだ。

 しかし、剣崎は運転席。青蘭は後部座席だ。龍郎もそのとなりへ入りこむ。乗り心地から言えば当然だが、恋人にしては微妙な距離感だ。可愛い軽のほうが、運転席と助手席。二人の距離が近い。


 すべるようにロールスロイスは発車した。

 かなり強い悪魔が待ちうけているようだが、龍郎はワクワクしていた。ひさしぶりに、青蘭と悪魔退治だ。

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