親切心
「ハァ……ハァ……ハァ……」ユイは息を切らせている。どうやら走ってきたようだ。
「クロード!」追いかけてきた。あんなことを言ったから怒ってるんだろうか。俺は身構えた。
「クロード。ちょっと待って」ユイはそう言って俺に近づいてきた。
「ひょっとして俺があんなこと言ったから怒ってるの?」俺が聞いた。
「ううん。怒ってないよ」
ユイは笑ってそう言う。そして俺に手を差し出した。
「これ、クロードにと思って」ユイの手のひらの上にはコインがあった。
「えっ? なにこれ。俺にくれるの?」俺は聞いた。
「うん」ユイはうなずく。
俺はユイの手のひらからコインをつまんで手に取った。それは古い硬貨だった。昔の英雄の肖像が描かれていた。
「これ昔のアーティファクトなんだ。迷ったときにこれを投げて。このコインがその人にとって一番いい道を示してくれるって」ユイは言った。
「ふーーん」俺はそのコインを天にかざした。
「クロード。昔のアーティファクトが使えるって言ってたじゃん。だから私が持ってるより良いと思って」ユイが照れくさそうに言う。
「ありがとう。でも魔力が尽きて壊れてるみたいだな。流石に俺でも使えない」俺は笑って言った。
「そっか……」残念そうにユイは落ち込んだ。
「いや、でも本当に嬉しいよ。大事なものだったんだろ? 一生の宝物にするよ」俺は言った。ユイは照れくさそうに笑う。
「クロードごめんね。こんなことになっちゃって……私シドを止めたんだけど……怒ってる?」ユイは上目遣いで俺を見た。
「怒って……たけど今はもう大丈夫だよ。プレゼントも貰ったからね」そう言って俺はもらってコインを手に取って見せた。
「ありがとう。ユイがメンバーに居て良かったよ。なんどもユイに助けられた」俺は笑顔で言った。ユイも照れくさそうだ。
「ユイと出会えたことがクランに居て唯一良かったことかな。ユイも頑張って。まぁ最後俺が無茶苦茶にしちゃったけど」俺は笑った。ユイも照れくさそうに笑う。
「クロード……」ユイの瞳が潤んでいる。ユイは手を広げた。そして俺を抱きしめる。
「あっ……」思わず声がでる俺。
「クロード新しいクランに入ってもちゃんと上手くやるんだよ」囁くようにユイは俺を抱きしめながら言う。
「うん……」
「クロード言葉がキツイから心配だよ。新しいクランに入ってもちゃんと友達作らなきゃ駄目だよ」ユイは言う。まるで俺の母親のようだった。
「分かったよ」俺がそう言うとユイは俺の体から離れた。ユイは涙を手で拭っている。
「じゃあユイも元気でね」俺は手を振った。そしてユイから離れる。俺はしばらく歩いた。ふと振り返るとまだユイが俺を見て立っているのが見えた。まだ居たのか。俺は驚いた。ユイと目が合うとユイは手を振ってきた。
「キリがないから。ユイ。これでお別れ!」俺はそう大声で言ってブンブンと手を振り回した。ユイもそれに合わせて手を振る。俺はまた前に向かって歩きだした。
なんだか爽やかな気分だ。俺の心の陰鬱な空は澄み切っていた。これから俺の新しい人生が始まる。青空の中、俺はそんな淡い期待を胸に抱いていた。
俺は農道を歩いていた。人々が農作業をしていた。俺はその光景を横目に眺めながら街の方まで歩いていく。時間帯は14時くらいだろうか。太陽も暖かく陽気な日だった。
数人くらいの子供たちが走り回ってるのが見えた。鬼ごっこだろうか。奇声をあげながら楽しそうに追いかけっこをしていた。すると一番後ろにいた女の子がバタンと前のめりに盛大にコケた。
結構な勢いだ。それに気づかないのか別の子どもたちはその子を置きざりにして走り去る。俺はその子を無視して通り過ぎた。まぁ助けてもメリットないからな……
俺は突然周りが気になった。そして辺りをキョロキョロ見回す。大人たちが農作業をしていた。こっち側に気づいてないみたいだ。
しょうがない。カッコいいところ見せてやるか。俺は後ろ足で戻りコケた女の子に近づいて言った。
「随分勢いよくコケたけど、大丈夫?」俺は聞いた。するとその女の子は膝を擦りむいたようだった。女の子は体中の砂をパッパッっと払ったあと急に顔をしかめてうぅーーっと泣き出した。
「うあああああ!!! あああ!!」
あまりに大声で泣くので走り去ったこの子の友達もそれに気づいて振り返った。
「あぁそっか膝をちょっと見せてみて」俺は女の子の膝を見た。そして魔法を唱える。「癒やしたまえ」すると女の子はピタリと泣き止んだ。
「えっ? 痛くない」
「怪我を治す魔法を使ったんだ。もう痛くないでしょ?」俺は言った。
「えっ? 魔法を使ったの?」子供が驚いたように言った。
「そうだよ。お兄ちゃんは魔法使いだからね」
俺はしゃがみ込んで子供に視線を合わせながら微笑んで言う。
「ちょっとあんた! うちの子になにしたの!」中年女性の怒鳴り声が聞こえてくる。
「えっ?」俺は思わず振り返る。そこにはこの女の子の母親と思われる女性が怖い顔で仁王立ちしていた。
「うわーーん。お母さん!」その女の子が泣きながら母親に抱きついた。
「おい! どうした! どうした!」女の子の友達が俺たちのいるところに集まってきた。ん? なんだ? この状況は?
見たところ俺を睨んで不審な目を向けている母親が一人と、母親の胸に顔をうずめて泣いてる女の子が一人。そして不安げにこちらを眺めている子供たちが数人。そしてみんなから不審な目で見られている男が一人。直感的に俺は感じた。この状況はマズい。
「それじゃどうも。ありがとうございました」と言って俺はその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってよ!」と言いながらその母親は回り込んできた。
「ちょっと待ってよ!」
「ちょっとマッテヨ!」
「ちょっとまってよ!」
子供たちもその母親の言葉をふざけて真似をして叫びだす。一瞬にしてカオスな状態になった。俺は思わず顔をしかめた。
「あんた一体この子に何したの?」母親がキツイ口調で聞いてくる。
「怪我を魔法で治しただけだけど」俺は言った。母親は胸で泣いている女の子に聞く。
「本当? 怪我を治してもらったの?」母親がこの子にそう聞くとその子はコクリとうなずいた。それにも関わらずまだその母親はキッっと俺を睨んでいる。
「そっか。そっか。俺が悪いんだな」俺は嫌味を言ってその場を立ち去ろうとする。
「あの……」後ろから声が聞こえた。俺は振り返る。
「ありがとう」その女の子がこっちを見て言ってるのが見えた。俺は後ろ手に手を振って応えた。しばらく距離をあけて俺は独り言をつぶやく。
「やってらんねーな」俺は誰に言うでもなく独り言呟いた。
俺は三叉路に出た。どちらの方に行こうか……一方はダンケルクの街だった。もう一方はノースポールの街……俺は懐からユイが俺に渡したコインを取り出した。
「少しでも安全な道へ」そう言って俺はコインを指で弾いた。クルクルと回ってコインが転がる。表……ダンケルクの方か。
俺は正直疲れていた。新しくクランに入って再就職するのも良いが、俺は人間関係構築が上手くないのかな? 自分でクランを立ち上げても良いのかも知れない。俺はそんなことを思いながらダンケルクの街に進んだ。
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