第17話 お礼とアドバイス 叶添 見稀
『
「あら? そこまで好評だと思わなかったわ。歌詞なんて初めて書いたから、ちょっと時間かかっちゃった」
会社で溜まってしまった仕事を片づけていると、シルキーから電話がかかってきた。シルキーが私に直接電話をかけてくることは珍しい。昔はよくあったが、電話がメールになり、最近はwireだ。
私は
そのお礼の電話がかかってきた、というわけだ。
『それでね? こーちゃんが直接話したいって言うの。いいかしら?』
「いいわよ」
『じゃ、かわるわね。こーちゃん、いいって!』
シルキーの息子への愛はとても情熱的だ。母はこうあるべき、というのを体現している。もっとも、その点では私も負けていないという自負がある。そんなシルキーの息子、こーちゃんとは直接会ったことも話したこともない。この電話が初めての会話だ。シルキーが頼みもしないのにべらべら喋るので、大抵の情報は把握している。写真集も見せてもらった。
『はじめまして、
さすがシルキーの息子、きちんとしてるわね。
『Milky Way、天の川という意味ですよね。抽象的な詞ですが、宇宙の広がりに包み込まれるような、母性愛が溢れてくるような暖かさを感じました。素晴らしいです』
うん。そう勘違いしてもらえるように作ったからね。Milky Wayが私の道という意味だということは裏設定なのでこーちゃんが知る必要はない。母性愛を感じるのは当然だ。私の息子、まーくんへの愛を綴っているからだ。でも、あからさまな表現は避けている。私はそこまで強欲ではない。ちゃんと自制出来るのだ。
『それで、ここからが本題なのです。折角作っていただいてこんなことを言うのは憚られるのですが』
おや? もしかして、ばれてる? まーくんへの愛がばれちゃってる?
『実はあの曲は、未完成なのです。構成も決まっていません。ですから、加筆を頼めるでしょうか?』
なるほど。そういうことか。私が聴かせてもらった音源は、初リハーサルを録音したものだった。ソロパートも含めて10コーラスくらいあったから、すごく長い。歌っているのは、最初の数コーラスと最後のコーラスだけだった。
そんなだから、まだ構成が決まっていないのだろうと推測し、とりあえず2コーラス分の歌詞を書いておいたのだ。
「もちろん、大丈夫よ。私もそのつもりでいたし。あの曲、まだ完成していないのでしょう?」
『その通りです。でも、詞が付いたことでイメージが具現化してきました。近々に完成させられると思います。アレンジも歌詞にあわせて変わると思います。出来上がったら母を通じて音源を送りますので、それを聴いた上で加筆修正をお願いいたします』
「諒解したわ。何か気になるところがあったら、遠慮無く言ってもらって構わないわ。私も初心者だし」
『いえ、十分プロレベルで通用する歌詞だと思います。これはお世辞でも何でもなく。本当に感動しました』
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」
『それで、あのう……詞が出来たら、何かお礼をしたいと思っているのですが』
おやおや。まだ高校生のくせに健気なこと。
「そんなこと気にしなくていいわよ。私も作っていて楽しかったし」
『いえ、多忙な中、作っていただいたということは母からも伺っていますので』
なんて気遣いの出来る子なのかしら。さすがシルキーの息子ね。
「そうねえ。じゃ、こうしましょう。あのね。私も絹依と同じく息子と二人暮らしなの。絹依から聞いてるかしら?」
『ええ、伺っています』
「それなら話は早いわ。母子家庭ってね、やっぱり絆がとても大事だと思うのよ。お互い掛け替えのない存在でしょう?」
『その通りですね』
「だからね。交君は絹依のことを大事にしてあげて。それが私へのお礼にもなるから」
『そうですか。よくわかりませんがそれがお礼になるなら、ちょ、母さん、まだ話している途中だから抱きつかないで』
「あら? 本当にわかっているのかしら? 母親が息子に抱きつくのを煙たがったりしちゃダメよ?」
『あ、え? はい。そうですね』
そこでpcのメールに着信があった。シルキーからだ。
(もっと言ってもっと言って。最近、一緒にお風呂に入ろうとすると拒否られるのよ)
シルキーったら本当に器用ね。息子に抱きつきながらメールを送ってくるなんて。(わかったわ、今度奢りなさいよ)と返信しながら、交君との会話を続ける。
「最近、あまり一緒にお風呂に入ってくれないって絹依が言ってたわよ?」
『は? そんなことまで話しているんですか?』
「母子家庭では母子一緒にお風呂に入るって常識なんだから、拒否したら絹依がかわいそうよ?」
『え? うちだけかと思っていました』
「そんなことないわよ。うちも一緒に入るし。それくらい当たり前のことよ。みんな言わないだけよ」
『そ、そうだったんですね……』
「今晩は、一緒に入ってあげなさい?」
『今日はさっきシャワー浴びちゃったんですが』
「もう一回ゆっくり入ってのもいいのよ?」
『はあ』
メールがすごい頻度で送られてくる。私もマルチタスクは得意だけど、絹依にはかなわない。
(こーちゃんったら、一度も私のベッドに来てくれたことないのよ? たまには来るように言って言って)
はいはい、わかりました。
「ところで交君は絹依のベッドで一緒に寝てあげてる?」
『いえ、朝起きると、母が僕のベッドで一緒に寝ていることはよくありますが、僕から母のベッドに入ったことはありません』
「ダメじゃない。そういうところよ? きっと絹依だって、交君が来てくれるのを毎晩待っているのよ? 今晩は行ってあげなさい」
『え、今日はこれからアレンジやるので遅くなってしまいます。母も疲れて寝ているでしょうし、起こしてしまってはいけないので』
「そんなこと気にする必要はないわ。そうやって、余計な気遣いをすると、かえって距離が出来てしまうものよ? 遅くなってもいいから必ずベッドに入ってあげなさい。わかった?」
『は、はい、わかりました』
「そ、いい子ね。じゃ、絹依と替わってくれるかしら?」
『見稀、いろいろとありがとう』(ミルキー、グッジョブよ!)
電話口はシルキーに替わったが、メールもほぼ同時に届く。私も電話をしながら返信する。
「いえいえ、交君、いい子じゃない」(今晩は楽しみね)
『うふ、これからもよろしくね』(本当に来てくれるかなあ? ネグリジェ着ようかな)
「わかった。詞の件は任せて」(今度、まーくんにも同じことやってもらおうかしら?)
『また近いうちに飲みに行きましょう。私からもお礼したいし』(いいわね。私でよければいくらでも協力するわよ)
「そうね。この件が片付いたあたりで落ち合いましょう」(期待してるわ)
『本当にミルキーには感謝してるわ。』
「おや? もうミルキーって呼んで大丈夫なの?」
『うん、こーちゃんは防音室に籠もったから大丈夫。ところでミルキーはまーくんとどれくらいの頻度で一緒に寝てるの?』
「毎日に決まってるじゃない。うち、ベッド一つしか置いてないもの」
『そっかー、ベッド一つにしちゃえば自然とそうなるわね。やっぱりミルキーは天才ね』
「むしろ、どうして交君のベッドを買っちゃったのか、私にはわからないわ。うちは部屋も一緒よ」
『個室をあげると、ほら、秘密が出来るじゃない。それを覗くのがいいのよ。たくさんカメラを設置してあるから、死角はないわ』
なるほど。そういう考え方もあるな、と感心するのだった。
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