第16話 ハイスペック・シルキー 巻坂 交

 最近どうも、主人公である自分の影が薄くなっているのではないかという焦燥感がある。それもこれも、周りのキャラの変態度数が上昇傾向にあるのが原因だ。本当はもっと真面目にバンド活動に取り組む様子を描いていく筈だったのだ。それが、蓋を開けてみればどうだ? 明らかにコメディー方向に舵を切ってるじゃないか。


 そもそも良一が悪い。あいつはドラム下手くそな上に、やらかしてばかりだ。やらかせばやらかすほど、おいしいって勘違いしているんじゃないだろうな? お笑い芸人じゃないんだから、そんな暇があったら、もっとしっかりドラムの練習しとけ。


 真面目キャラのストリーだって、最近は陥落気味じゃないか。境遇を考えると同情できる面があるにせよ、だ。もっと自分のキャラを押し通せよ。何のために語り部の回数を多くしてやってると思ってるんだ。お前が脇から見た俺たちの成長ストーリーを語っていくんじゃなかったのかよ。


 タカシに至っては、登場してすぐにあーだもんな。風紀を乱すな。ロリコンリア充って何様のつもりなんだ。音楽面で大きく劣るストリー&良一、そんな二人と、天才肌故に噛み合わない俺との間に入り、潤滑油のような役目、つまりは中間管理職的ポジションになるんじゃなかったのかよ。


 全くもって遺憾だ。だが、久しぶりに語り部役が回ってきたことだし、これからはぐっと気を引き締めてマジ回ばっか続けてやるから覚悟しとけよ!



**********



 ほら、さておき線とか勝手に名付けたやつは、こうやって使うんだ。話題の転換とか、時間の経過とか、そういうのを表すものなんだ。決して、見せられないシーンを飛ばすためとか、そういう便利な使い方をするものではないからな。


 おし、それじゃあ早速2曲目「βベータ(仮)」のプリプロからだ。ま、大体出来てんだけどな。今回はオスティナート音型、っつーか、リフって言った方がいいかも知れないな。そういうのを前面に押し出した曲になるから、1曲目に比べるとノリ重視って感じになりそうだ。


 ほら。こうやって専門用語を解説無しで織り交ぜていくのが本来のスタイルなんだよ。わからない奴は勝手にググれってな。ちょっと思い出したぜ。


 でな。1曲目の時にも問題になったが、オケがどうしても薄くなりがちなんだ。俺はノリだけシンプルお馬鹿ロックとか、大嫌いなんだよ。あんなのは頭悪い連中にやらせとけ。


 だから、シーケンスフレーズでも入れてやろうかと思ってる。小型のサンプラーくらいだったら持ち運びも楽だし、操作もボタン一発でいいから、俺がギター弾いて歌いながらでも対応出来る。


 ま、サンプラーでフレーズサンプリングしたやつとシンクロプレイするってのは、意外と面倒だったりするんだけれど、その辺のことは練習すりゃクリアできる問題だから今は気にしないでおく。


 ってことで、そっちの方向でアレンジつめてくぞ。まずは音色選びからはじ


「こーちゃん、ただいまー」


 ふ、来やがったな。シルキーの登場だ。台詞では絶対シルキーなんて言ってやらないけどな。こんな呼び方、地の文以外で出来るかってんだ。でもまあ、母親には感謝しているからな。隠れ親孝行だ。とは言え、今は大事な作業中だ。悪いがシカトしながら進めさせてもらう。今回俺は、一言も喋らず、淡々と地の文だけで進めさせてもらう。


「あれえ? 抱きつくなよって言わないのお? それならずーっと抱きついたままだよお?」


 畜生。背中から羽交い締めにされると動きにく過ぎて作業できん。手を拘束するのはやめてくれ。何も出来ないじゃないか。


「ん~? また曲作ってるの? ねえねえ? んー、もう、答えてくれないなら、このキー押しちゃおうかなあ? えい!」


 こら! 何やってんだ。おい、デリートキー押すな。折角打ち込んだのが消えるだろ。

 うちの母親はpcスキルも高い。だから絶対わかっててやってる。何て言う嫌がらせだ。


「もー、こーちゃん。何か言ってよー。どうして今日はおしゃべりしてくれないの? シルキー、つまんなーい。もー、黙ったまんまなら、悪戯しちゃうぞー。えい!」


 おい! Ctrl+Wはやめろ。折角開いておいた音色選択ウィンドウ、閉じちまったじゃないか。連打するな。うわ、どんどん消えてく!


「こーちゃんったら、どうしたの? 機嫌悪いの? すごい顔してるよ? わかった。じゃ、一緒にお風呂入ろっか。こんな時はリラックスしないとね」


 やめろ、服を脱がすな。いや、だからって途中でやめるな。腕が動かせない。そして、その隙に下半身を脱がすな。おい、抱きついたまんま風呂場まで引きずっていくつもりか、ちょ、中途半端に脱がされた服でクビがしまって、息が!



**********



 この歳になって、またもや母親と入浴してしまった。湯船にまで一緒にきっちり浸かってしまった。一緒に百まで数えてしまった。今日に限らず、週一くらいの頻度で発生するイベントではあるが、普通こういうのって、片方が湯船に浸かって、その間にもう片方が身体洗ってって交代交代でやらないか? そりゃ、うちのお風呂は一般のバスタブからすると大きめではあるけどさ。もしかして、二人で入浴するのを前提にこのバスタブを選んだのか? 高スペックな母親ならあり得そうだ。

 心機一転してマジ回にするつもりが、やはりシルキーの変態度数は高すぎて対処が難しい。なんちゃら知恵袋あたりに投稿して解決策を問うべきなのだろうか。いや、炎上する未来しか見えないな。


 あと、お見せできないシーンを飛ばすために、さておき線を使ってしまったことをここにお詫びいたします。



**********



 よし、仕切り直していくぞ。今はシルキーが食事の支度中だ。つまり、今が作業を進めるチャンスということだ。

 まずはさっきシルキーにいじられまくったファイルの修復からだ。くそ、面倒くさいことさせやがって。おい、いつの間にパート名書き換えたんだよ。ドラムパートどこだよ。これか? なんでパート名が「こーちゃん」になってんだよ。ベースパートは「好き好き」になってんじゃないか。ああ、エフェクターのプリセットにまで細工が……「シ」「ル」「キ」「ー」「っ」「て」「呼」「ん」「で」


 プリセットリストで遊ぶな!


 ん? メールが届いたぞ。スマホではない。pcの方に届いたメールだ。俺はシーケンスソフトを最小化して、メーラーを……デスクトップ背景が、母親のセクシーショットになっていた。いつこんな自撮りしたんだよ。これ、もしかしてスタジオ撮影? まじで? いや、家で撮ったやつを加工したのか? 見分けつかねー。陰影に全く違和感ないから、加工されてんだかされてないんだかわからん。というか、何故俺は母親のセクシーフォトを細部までじっくり観察させられてるんだ。もう、こんなのはとっとと変更だ。


 すると、他の画像候補が、全てシルキーセクシーショットになっていた。もちろん全部違うやつだ。一体、何通り作ったんだよ。南国の水着写真とか、怪しげな雰囲気のボンテージ姿とか、あとポールに足絡ませてるやつとか……


 いつの間にか、俺のpcはシルキー一色に染め上げられてしまったらしい。さっきまで普通だったのに。あと、今気がついたけど、デスクトップに並んだアイコンも全部シルキーだった。マリリンモンローの顔真似とか、マジでやめてください。あと、チュってやってる唇の接写とか、かなりキます。


 なんか今になって家族から受ける精神的ダメージについて、ストリーの心境が理解出来るようになった気がする。


 はあ。落ち着こう。で、そうだ。メールだよ。メールが届いたんだった。まあ、誰から届いたかなんて、この流れならわかるよな。一応言っておくが、シルキーはずっとキッチンで食事を作っている。つまり、自分のノートpcには一切触れていない。スマホもテーブルの上に出しっぱなしだ。にも関わらず届くメール。はいはい。これは簡単だよね。予約送信機能使ったんでしょ?


 はい。正解。母親からのメールでした。なになに?


『こーちゃん、pcのシルキーデコは気に入ってくれた? シルキーからのサプライズプレゼントでした! でもね。実はもう一つサプライズプレゼントがあるの。そして、実はこっちが本命なの。私のエプロンのポケットに入れてあるので、キッチンまで取りに来てね! from あなたのシルキー』


 俺のpcをシルキー色に染めることを、デコって言うな。



**********



 ここまで来たら、その本命サプライズプレゼントとやらを取りに行かねばなるまい。手際がスゴ速の超ハイスペックマザーが、今日に限って随分と長くキッチンにいるなと思ったら、こういうことか。俺が来るのを待っていたわけだ。


 はいはい。お邪魔しますよ、と。


「あら、こーちゃん、やっと来たのね! もう、遅いんだから。早く早く、シルキー、待ちくたびれちゃったわよ。早くこのポケットをまさぐって! 遠慮しなくていいわよ!」


 キッチンには、全裸にエプロン姿のシルキーが居た。男の夢を体現してみましたってか? それ本当に母親がやることか? お前、風呂から上がったあと、エプロンしか身につけずにずっと料理してたのか? 俺たちは新婚なのか?


 まあ、さっきまで一緒に湯船に浸かってたしな。これくらいじゃ俺は動じないさ。ほらよっと。こら、よがるな。別にエロい触り方してないだろ。


 シルキーのエプロンポケットから取り出したのは一枚の紙だった。何の変哲もない、A4用紙を畳んだだけの、ただの紙だった。


 広げてみると、


 「Milky Way」


 と、タイトルがつけられた詞が書かれていたのだった。

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