第15話 兄弟の絆 端為 良一

しゅん、話がある。俺の部屋に来てくれ」


 俺は弟の部屋の外からそう呼びかける。


「ちょっと待って。一段落したら行くから」


 弟からの返事を受け、自室に戻って瞬を待つ。


 その間に自己紹介をしておこう。俺は端為はしため 良一りょういちCP LABシーピーラボのドラマーだ。他のバンドも掛け持ちでやってっけど、今はこう名乗るのが一番しっくりくる。バンド内では、ヒエラルキーの底辺を支える唯一無二の重要な存在、ドラマーらしく、縁の下の力持ちってーやつだな。


「………」

「…………」

「……………」

「………………」


 来ねーし!


 かれこれ1時間待ってんのに来ねーし!


 おかげで、科我化かがかマスターになっちまったじゃないか!


 そういえば、科我君がひどい目に遭ったらしい。主に精神面で。だいじょーぶかなー?


 そんなことを考えていたら、ようやくノックの音がした。


「お待たせ、兄貴。入るよ?」

「おう、随分遅かったな。何やってたんだ?」

「勉強だよ。初めての中間考査、もうすぐだしね」

「確かにそーらしーな。ま、お前は俺よりできんだし、がんばれ」

「ついつい集中しちゃってさ。数学の問題集、一冊終わらせてきたんだ」

「一段落って一冊ってことだったのかよ! おっせーわけだよ!」

「ごめん。2年ではA組狙ってるんで、勘弁して」


 最近どっかで似たような話聞いたぞ?

 そうだ。昨日の屋上で、突然不思議な力の呪縛によって一切喋れなくなってた時だ。口は開けずとも、会話は耳に入ってたからな。森寿賀もりすが君もA組狙いって言ってたのは聞こえていた。

 そっか。瞬も森寿賀君同様、A組狙いか。入学試験ん時も、そう言ってたもんな。ケアレスミスがいくつかあって、B組だってわかった時には相当悔しがってたし。俺も1年じゃB組だったしよーって慰めてやったっけ。


 しっかし、突然喋れなくなるっつーあの力は一体何だったんだ? 意味わかんねーんだけど。もしかして、今の俺になら使えんのかな? よし、試してみっか。


 瞬、俺は今から黙っから、お前、しばらく一人で喋りまくれ。


「兄貴も受験生なんだから、もう少し真面目に勉強しなよ。元々そんなに地頭が悪いわけじゃないんだからさ。適当なことばっかやってるからD組まで落ちちゃったんだろ? 確か1年の時はB組だったのに、2年でC組、3年でD組って徐々に落ちていったよね? バンドの掛け持ちが増えて、それに連れて成績落としてったってことでしょ? 音楽のせいにするのはいけないよ。そのバンドの掛け持ちだって、真面目にやってるようには見えないしさ。もう少し、真剣に人生のこと考えた方がいいと思うよ? 弟の僕からこんなこと言われるなんて、耳が痛いだろうけどさ。身内だからこそ、今日は敢えて厳しいことを言うよ。兄貴なら、わかってくれるって信じてるから。そだ。最近、僕が考えた勉強法を教えてあげるよ。これ、勉強と音楽を両立させる画期的な方法なんだ。ドラムの譜面台のところにさ。参考書を置くんだよ。で、覚えたい公式を見ながら、それをドラムパターンと一緒に記憶するんだ。似たような公式の時には、右足にアクセントを入れるとか、そんな感じで関連付けるんだ。そうすると、不思議と脳にインプットしやすいんだよ。ドラムパターンのバリエーションも増やせるし。一石二鳥。しかも、ドラム叩いてる時って、時間が経つの早いじゃない? いつまでも叩いていられるでしょ? それってつまり、いつまでも勉強していられるってことになるんだよ。全然飽きないし、集中出来る。すごいでしょ? あ、ごめん。ついつい喋りすぎちゃった。いつもはこんなに喋らないのに不思議だな。なんか、たくさん喋らなくちゃいけないような気がしてさ。兄貴の方が、僕に用事あったんだよね? ごめんごめん。で、用事って何かな?」


 やっべー。瞬ったら改行も入れずにずーっと喋りっぱになっちまったよ。相槌や地の文すら入れられなくなっちまった。この力、自分にも影響すんだな。こえーよ。


 っつーか、言いたい放題言われてたな。おまけに、ドラム叩きながら勉強すっとか。こいつはこいつで、変態の方向性がおかしなベクトルに向かってて、兄としては心配なんだが……


 ま、いい。こっからが本題だ。前話はあまりにひどかったから、今回はギャグ無し、マジ回にしねーといけねー。

 俺は姿勢正しく、正座して、瞬の顔を真っ正面から見つめ、正の字が多いなーと思いつつも、こう切り出した。


「実は、折り入って瞬に頼みたいことが3つほどあんだけどさ」


 俺の態度に、瞬は軽く目を細めた。


「頼み事? まあ、僕に出来ることなら」

「まず一つ目なんだが。俺がこの前加入したCP LABシーピーラボってバンドがあんじゃん。俺、このバンドに専念しよーって思ってんだよ」

「そういえば、兄貴にしては珍しく熱く語ってたもんね」

「ああ、だからな。俺がやってる他のバンドは、脱退しよーって思ってる。そこでだ。ただ、辞めますってんじゃ迷惑かけちまうから、後任にお前を推薦させてくんねーかな?」


 俺はこう言うと、瞬は考え込んでしまった。


「もちろん、ギグってみて、どーしても嫌だっつーんなら、断ってくれて構わない。ただ、試すだけ試してみてもらいてーんだ」

「わかった。兄貴がそこまで言うなら、やってみるよ。その上で判断させてね。正直、どこもピンと来るバンドはなかったんだけど……今、いくつ掛け持ちしてたんだっけ?」

「片手、5つかな。CP LABを除いて」

「5つか。多いな」

「数は多いけど、俺がてきとーやってても何とかなるよーなバンドばっかだったから、瞬ならよゆーだと思っけど」

「いや、やるからには真面目に取り組もうと思うけどね。わかった。中間考査明けからでよければ、話を通しておいて」


 一つ目の頼み事がうまくいって、俺はほっとした。


「そして二つ目なんだが、瞬は、作詞出来るか?」

「作詞? やったことはないから、出来るって言い切れないけど、ちょっと挑戦してみたいかも。僕、結構文系だからさ」

「そっか。じゃ、ダメ元でやってみないか? 巻坂君が作ってきた曲に」

「この前初めて合わせたって言ってた曲? まだ詞はなかったんだ」

「曲は出来てて、かなりいー感じになりそーって予感はあるんだが、巻坂君、作詞は出来ねーらしくってさ。今、あのバンドで一番の懸案事項が、作詞出来るやつを探すことなんだよ」

「へー。でもこれも、中間考査明けからになるけどいい?」

「ああ、それで構わない。音源はあるから、後でスマホに送っとくな」


 二つ目の頼み事も了承してもらった。俺の弟は出来るやつだからな。本当に助かる。

 ただ、問題は最後の頼み事だ。正直、これは俺の弟であっても、心身共にかなりの苦痛を伴うことになる。それだけに、頼みずれーっつーか、さすがの俺でも心が痛む。


「で? 三つ目の頼み事は何なの?」


 瞬の方から、そう聞いてきた。


 とても話し辛い。瞬がわかってくれるかどーかもわかんねー。何からどーやって話そーか悩む。こんなことを弟に頼む兄なんて、どこを探してもいる筈がねーっつーことは、重々承知だ。だからこそ、今まで以上に真摯な態度で、俺は弟と向き合う。


「最後の頼み事は、俺の力ではどーやっても無理なことなんだ。俺が努力してどーにかなんなら、とっくにやってる。でも、俺じゃ、どーにもならねーんだ。だから俺は、まず、親父を頼った。ドラムキットの購入、ドラム用防音室の設置、そん時に土下座して頼んだ時より、ずっとずっとずっと深い最高の土下座をキメて、親父に頼んだんだ」

「………」


 俺の真剣さに瞬が科我化して固まっている。


「でも、そんな俺のことを、親父は蹴飛ばしやがった。マックスハート土下座する俺の頭を、横から思い切り蹴りやがった。一瞬、意識が飛んだよ。マジで危なかった。死ぬかと思った。ま、そんくれーのことを俺が言ってしまったんだってー自覚はあったので耐えたけどな。だから瞬、俺はこれから、ギャラクティカマグナム土下座でお前に頼むことになる。もし気に入らなかったら、親父みてーに俺の頭を蹴飛ばしてもらって構わない。でも、俺がそれだけの覚悟で頼むってこっだけは、わかってもらいてーんだ」

「兄貴がここまで真剣になるとは……で、一体、親父に何を頼んだんだい? 同じことを、僕に頼むってことなんだろ? 親父に出来ないんじゃ、僕には無理かも知れないよ?」

「いや、親父に頼んだことと、これからお前に頼むことは違う!」

「ちょっと、話が見えないな。じゃ、まず、親父に何を頼んだのか教えてよ」


 ついに、言わなくてはいけねー時がきた。こっからが正念場だ。俺はまっすぐに瞬を見つめ、こう言った。


「妹が、欲しい」


「………………………」


 やっぱりな。瞬が科我化することは想定済みだったが、まさか、トリプル3倍科我化とはな。理由わけを説明しねーわけにはいかねーだろう。俺は、一気にまくしたてる。


「妹がほしーんだ。妹がいねーと、巻坂君がうちに遊びに来てくれねーんだ。巻坂君だけじゃない。他のバンドのメンバーも、誰も興味すら持ってくれねーんだ。俺だって、最大限の努力はした。うちには瞬っていう弟がいるよってアピってもみた。でも、誰も振り向いてくれねーんだ。妹だ。妹さえいれば、みんな、うちに遊びにきてくれるんだ。だから俺は親父に頼んだ。今からでもいい。妹がほしーって。そしたら、は? とか言われて、蹴られちまったってわけさ」


「………………………………」


 瞬はクアドルプル4倍科我化した。

 そして俺は、アルティメット土下座で、目の前に迫った焦点の合わない床を見つめながら瞬に願った。


「だから、瞬! 頼む! 性転換してくれ! そして、俺の妹になってくれ! もう、お前しか頼ることが出来ねーんだ。やれることはみんなやった。手を尽くしまくった。でも、もう他に手がなくなっちまったんだ。こんなことを弟に頼むなんて、俺だって辛い。兄として最低だってこともわかってる。な? 頼むよ、瞬! もちろん、瞬が妹になってくれるっつーんなら、出来るだけのフォローはする。いきなり性転換なんてしたら、学校でいじめられっかもしんないしな。でも、そーゆー時は俺を盾にしてくれ。精一杯守ってやる。あとな。瞬って名前、女の名前としては、ギリっつーか。なくはねーけど、ちときびしーっつーか。キャラ的に、かわいさ成分が足りねー感じがすんだよ。でだ。新しい名前も考えておいた。全くちげー名前になっても違和感あっから、似たよーな意味の名前を考えたんだ。せつな! どうだ? せつなって結構イケてんじゃね? 漢字で書いたら刹那になっけど、ここは敢えて平仮名で「」だ。瞬もせつなも、一瞬の時を表すって意味じゃ、同じじゃん? みんなっからもきっと、せっちゃん、せっちゃんって呼ばれるようになりそーだしさ。すげー、いー名前だと思うんだよ。あ、敢えて別の字を当てて、「節菜」とかにしてもいーんだぜ? どうだ? 気に入って」


 バタン!


 頭を上げると、床に押し当てられていた俺の額は真っ赤になってて、瞬はもう部屋から去った後だった。


 そっか。やっぱダメか。わかってはいたんだけどな。せつなって名前、気に入ってもらえなかったよーだ。「しゅん」と書いて「まどか」と読ませる案の方を先に言えば、或いは違った結果だったかも知れねーが。俺は、空回ってしまった自分の熱意に、呆然としていた。



**********



 その後、中間考査で俺の壊滅的な結果が出た現在においても、未だ瞬は口をきいてくれねーばかりか、目すらまともにあわせよーともしてくれねー。

 約束してた音源をスマホに送ったけど、既読もつかねー。ブロックされてんのかな?


 今まで、俺がどんなに馬鹿やっても傷一つつかなかった兄弟の絆に、修復不可能なヒビが入ってしまったのかもしんねー。さておき線はしれっと元に戻ったけど、俺と瞬の関係を元に戻すことが出来るのか、俺にはわからなかった。

 俺は一体、いくつの過ちを犯せばいいのだろうか? さすがに今回の件は、いつものポジティブな自分に戻るために、相当な時間を要するかもしんねー。


 っと、ここで、唐突に一つのアイディアが閃いた。打開策っつーやつだ。


 親父に頼んで妹を作ってもらうのもダメ、弟に性転換してもらうのもダメ、でも、まだ俺にもやれることがあんじゃねーか! 何で今まで気がつかなかったんだ! そう、その方法とは、


 だ!


 あれ? 俺今、最高のキメ顔してんだけどさ。みんなついてきてる? いっか? 順を追って説明すっぞ。


 一つ、まずな。手頃な女子を見繕う。


 二つ、そしたらその子をナンパする。


 三つ、で、うちの養子になってもらう。


 どーよ? そーすりゃ、親父や弟の手を煩わせず、手っ取り早く妹ゲットできんじゃん!


 うは、やっぱ俺ってけっこーイケてんじゃね?

 そーゆーこったら、これからそっこー、街に繰り出して、手当たり次第に声かけまくってみっか。


 いやいや、待て待て。そーなっともー、よりどりみどりにいけんだからさ。手当たり次第っつーより、きっちり吟味してからの方がよくね? やっぱ、妹のスペックもたけー方がいーし。


 そだ。何も妹を一人に限る必要もねーじゃん。タイプ別にそろえとくっつーのもアリだよな。何人も妹いれば、巻坂君のストライクゾーンに、誰かしらひっかかってくれっかもしんねーし。


 すげー、どんだけアイディア出てくんの? ここまで頭がまわったのって、はじめてかもしんねー。やっぱ、俺ってやる時はやるんだな。瞬も、地頭はいいって褒めてくれてたしな。そっか。瞬は俺のこと、ちゃんとわかっててくれたんだな。さすが、俺の弟だぜ。


 でもさ。ナンパして彼女つくんのと、ナンパして妹つくんの、どっちの方が難しーのかな? 割ときっこーしてるよーな気がするな……


 そんなことに悩みはじめた俺は、ナンパの成功体験が皆無だと言う事実に、まだ気付けないでいた。

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