第9話 ルーフトップ・ミーティング 1 科我 洲鳥
「遅刻だぞー」
「悪い悪い」
遅れてきたリーダーのコウを、ロリタカシが咎める。と言っても、強い口調ではないので問題ないだろう。つい最近つるみ出したメンバー間でのいざこざは、即バンド解散に繋がるので避けたいところだ。でもこの程度の軽口ならば、むしろ親密度が増すのではないだろうか。
「委員長と話し込んでて遅くなったのか?」
俺がそう言うと、良一が口を挟む。
「え? お前らのクラスの委員長って
「ちらっと見ただけだから、それ以上わかりませんよ」
一応先輩だけど、例の一件や、コウが呼び捨てするので、俺も心の中では良一って呼ぶようになってしまったが、一応先輩なので、なんとなくタメ語で話しにくい。こんなんでも、一応先輩なんで。ほんと、一応。
あと、今ので理解していただけたと思うけれど、俺はギターの
この小説は話毎に語り部がコロコロ変わるので、混乱することもあると思う。特に俺が語り部の回は、無口が災いし、まるで第三者視点のように誤解されるかも知れない。でも、そういうスタイルで行くって決めたらしいので、多少わかりにくくても察して欲しい、とは作者の弁だ。
「ねえ、巻坂君。どゆこと、どゆこと? どーすればあんな美人と気軽に話せるようになんの?」
「いや、別に。本読んでたら急に話しかけられただけだし」
「え? 紗倉川さんから話しかけた? 何の本読んだら話しかけられるの。その本教えて。密林ですぐぽちる!」
「古い本でもう絶版だし、アマゾンじゃきっとプレミアム価格になってるんじゃないかな?」
「それでもいい! とにかく教えてください。オナシャス!」
「なんでそんなに必死なの。じゃ、後で実物見せてあげるから。鞄、教室に置きっぱだし」
コウと良一の間の上下関係は明白だ。とても先輩後輩の会話には聞こえない。もう一人、シスタカシは、最初にしゃべって以降、我関せずとスマホをいじってる。まあ、お前は小さい子にしか興味ないもんな、わかるわかる。
ところで、ここは学校の屋上、時は昼休み。昨日のリハの反省会を行うというコウからのwireにより招集されたのだ。
近くには発声練習をしている女子が二人いる。合唱部だろうか? そんな歌声をBGMに、太陽の下、飯を食いつつの打ち合わせだ。たまには外で食う飯もうまそうだ。
昨日のリハが終わったあと、その日の内にコウが音源を編集、さらにアレンジした仮デモを仕上げた。コウの自宅サーバーにあげられたファイルを聴いて、反省点をあげつつ、今後の方向性を云々、ということらしい。
「まあ、とりあえず飯食いながらでいいんで、話を聞いてもらえるかな。って、あれ? 良一、飯は?」
「ん? 二限の休みん時に食っちゃったけど?」
「早弁かよ。太るぞ」
「それは大丈夫。ドラム叩いてっからカロリー消費するし!」
本当にもう、この一応先輩はどこまで残念な人なんだろう。
「じゃあ、屋上ミーティングをはじめようか。まず、みんなに聞きたいんだけど、作詞したことある人いる?」
「「「………」」」
「あ、えーと、それじゃ、作詞に挑戦してみたい人いる?」
「「「………」」」
「おい、なんで全員
3点リーダーで黙ることを、科我化という言葉で定着させるのはやめて欲しい。
「んー、だって詞なんて書いたことねーし、想像つかねーし」
大丈夫。誰も一応先輩には期待してないと思う。
「いくら俺が詩人と呼ばれてるからって、無理かも、ごめん。ロリタカシにパス!」
「誰がロリタカシだ!」
「『猫ひろし』みたいなノリでよくない?」
ロリタカシの定着には一票投じてもいい。
「良一がいつ誰から詩人って呼ばれたのか謎だけどさ。詩人って言うなら『シスタカシ、雲行く方に 我も行く』くらいは言って欲しいな」
「コウ、『天高し』みたいなノリで言わないでよ。そもそもシスタカシって意味がわかんないよ」
「ごめん。もうそのレベルになると、ついていけません」
早々に白旗をあげる一応受験生。国語が受験科目にない大学を選択することをお勧めする。
個人的にはシスタカシではちょっと言いにくいので、ロリタカシでいいと思う。変化球としてフタマタカシってのもあるけど、字余りなのが減点対象だ。
「作詞問題はひとまず保留としよう。じゃ、個別に行くぞ。まず、ロ、タカシ」
言い直しても、タイミングが絶妙過ぎてロリタカシにしか聞こえないという高度な技を繰り出してきた。さすがはコウだ。
「お前は性癖を隠せ。特に、良一がいる時はあの二人を連れてくるな。わかったか?」
「まだこのネタ引きずるのかよ。性癖って何だよ。違うって、誤解だって」
「いや、でも、さすがに小学生はまずいっしょ!」
「良一先輩、何のことっすか? 二人とも中学生ですよ?」
「「「まじで?」」」
三人の声が揃った。タカシが嘘を吐いているのが明白だからだ。
「まあ、犯罪性を帯びた、極めてグレーゾーンに近いブラックゾーンの話だし」
いや、それ、真っ黒じゃないか。
「俺たちは中学生という認識で統一しておこう。警察沙汰になったら、ロリタカシがそう言ったので信じましたって言うんだぞ。みんな、いいな?」
コウがデリケートでプライベートな問題に、玉虫色の着地点を見つけた。しかし、「ロリタカシがそう言った」では、警察にすぐ見破られそうな気がする。
「どうしてそうなるんだよ。もういいよ」
と、台詞としてはふて腐れているように聞こえるが、実際はちゃんちゃんって感じで全く響いていない。堂々たるものだ。さすが、ブラックゾーンにいるやつは貫禄がある。
「あとはまあ、些細なことだ。基本的なプレイングはいい感じだったから、昨日俺が作ったデモを参考にして、自分なりに消化してもらえればそれでいいと思う。細かいところは、またリハの時に言うからそれでいい」
本来、本題と思しき音楽に関する議題が「些細なこと」で片付けられてしまった。いいのだろうか?
「わかった。あ、でもコードのこととか、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだ。今度時間くれない?」
「いいぞ。じゃ、今度お前んち行こうか?」
「いや、うちはまずいな。智流とミコが邪魔してきそうだし」
「なにをおう!?」
残念先輩がここぞとばかりに声をあげる。あんた、しばらく黙っててくれないかな? ほら、今の大声のせいで、合唱部の女子二人の声が一瞬止まっただろ。
**********
「それから、ストリー」
次は俺の番だった。一体何を言われるのか、緊張する。
「お前な、テレキャス使ってんじゃん。なんで?」
「………」
え? 何でって言われても困る。それしか持ってないし……
「名前がストリーなんだからさ、テレキャスじゃなくて、ストラトだろ?」
「「それな!」」
何でタカシと良一先輩が声揃えてるんだよ! 仲いいな。さすがリズム隊。いつの間にか意気投合してる。
「それ、どういう意味?」
「だからー。ストリーなんだから、ストラトの方が合ってるじゃん。ストリーでテレキャスじゃ、変でしょ? 語呂的に」
ストラトキャスターならぬ、ストリーキャスターとでも言うつもりか?
「……そんなにうまく言えてないと思うんだが」
同意を求めようと周りを見てみたが、仲良しリズム隊には揃ってクビを横に振られてしまった。
おかしいな。俺の意見はそんなにマイノリティなのだろうか?
「ま、語呂の話だけじゃなくてね。昨日の曲、アーム使うのもアリかなって思っててさ。デモ聴いてくれた? 俺弾いたんだけど、アーム使ってるところ、あったでしょ? ツインギター構成にしようと思ってるから、パートの割り振り方にもよるけれど、今後の汎用性を考えて、アームついてるギターがあった方がいいと思うんだ。テレキャス以外に何か持ってる?」
「いや、テレキャスしか持ってない」
「だったらさ。ストラトじゃなくてもいいから、アームついてるの一本仕入れておいてよ。ま、ストラトがベストだけど。出来ればジャパンじゃないやつ」
「………」
コウがストラト押しなのはわかった。問題は金銭的なことだ。どうやっても俺の小遣いじゃギターは買えない。
「んー、お金が」
「バイトしよ?」
食い気味でコウが突っ込んでくる。
「お金ないならバイトしよ? 音楽ってなんだかんだお金かかるからさ。無いなら稼ごうよ。それでストラト買お?」
まいったなあ。でもコウの言うことは一理ある。
「ば、バイトもちょっと時間取られるし出来れば」
「スネ囓ろ?」
また食い気味に言われた。
親に頼もうにも、そもそも音楽活動自体、あまりよく思われてはいないので、何故別のギターが必要なのか説得することは難しい。囓るスネの難易度が高いのだ。最終手段として、二人の姉貴から借りるって手もあるけれど、出来れば避けたい。
「……考えておく、よ」
「あとね。プレイングに関してだけど」
そして、今度こそ本題が来た。正直、何を言われるのかが怖い。
「テクニック的には多分、問題ないと思う。俺がこう弾いてくれって具体的に言えば、ストリーはそれをなぞれると思う。ただ、それだけじゃダメだと思うんだ。やっぱり、自分から出てくるフレーズじゃないとな。言われたことしか出来ないんじゃ、俺のワンマンバンドになっちゃう」
ごもっともだ。耳が痛い。
「ズバリ、ストリーに足りないのは理論だ!」
「………」
無言で頷く。図星だ。やっぱりコウの指摘は的確過ぎて怖いくらいだ。
「俺も教えてあげるからさ。そうすれば、ストリーはもっと伸びる。これは確実だ。保証する」
コウがそう言うならそうなんだろう。絶対的な信頼感がある。
「わかった。俺も理論が弱いことは痛感してたので、これからよろしく頼むよ」
「オッケー。まあ、理論を覚えたからってすぐにそれがプレイに反映されるわけでもないし、これから少しずつやっていこう。それから当面の問題として、さっきも言ったけれど、この曲はツインギター構成にするつもりだから、パートの割り振りを考えなくちゃいけない。じっくり話をする時間を作ってくれ。何ならストリーの家に行こうか?」
それはまずい。早めの時間ならいいが、あまり遅くなると姉貴たちが帰ってきてしまう。コウに被害が及ぶ可能性がある。
「うち、姉貴が二人いて、ちょっとまずいんだが」
「お姉様! 二人も? いくつといくつ? 俺も行っていい?」
良一応先輩、なんでこういう話題の時だけ出てくるんですか。あと、声でかいです。
「出来れば、コウの家の方がいいかな」
「ああ、うちなら構わないよ。夜になったら母親いるけど」
「お母様! ご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか?」
残念一応先輩、雑食もそこまで行くとドン引きなんですけど。守備範囲、広すぎでしょ。繰り返しますが、声でかいです。
「あー、で、最後に良一なんだけど」
コウはそこで一息つき、
「お前は基礎練習、集中的にやっとけ。昨日wireに書いたけど。クリックに合わせて、テンポ揺れたりしないように。一日最低3時間はやれよ。以上!」
不思議なことに、残一先輩に割り当てられた時間は極めて短かった。さすが残り一だ。
「え? 俺にはそれだけ? うちに来てくんないの?」
「良一先輩んとこは誰がいるんすか?」
珍しくタカシが聞いてくる。
「えっと、弟がいる」
「じゃ、いいや」
「じゃ、いいな」
「興味ないな」
「何だよ、それ!」
最後まで残念過ぎる先輩がそう叫んだら、近くで発声練習をしていた合唱部と思われる女子二人から、ついに睨まれてしまった。
「うっせーよ、良一。他にも人いるんだぞ。ほら、こっち睨んでるじゃないか」
「あーっと、あれは確か合唱部の…」
ん? 良一先輩の知り合いなのか? 女子の知り合いがいたとは今世紀最大の驚きだ。
「おっぱいおっきー方が部長で、ちっぱいの方が副部長だったかなー。二人ともタイプが違うけど、かわいいよね。でも、あんまり俺と顔合わせてくれないんだよなー。照れ屋さんかな?」
多分、違う理由だろうと、残り一つ以外、全員が確信していた。
**********
「この本だけど」
「管絃楽法?」
「そ」
「何これ、古そう。いくらすんの?」
「調べてないからわからないけど、今は二万くらいあれば買えるんじゃないかなあ」
「たっけー。でも、そっか。納得。やっぱり女子は高いアイテムに惹きつけられるっつーことだな」
「いや、違うと思うけど」
「ちと、これ貸して。試してみる」
「試す?」
教室に戻ったら、何故か良一まで付いてきて、屋上で話題に上っていた分厚い本をコウから借りていた。
そしてその本を小脇に抱え、教室の入り口にいた紗倉川さんへと向かって行く。
落ちがミエミエだ。この先輩に緊急回避ボタンはついていないのだろうか?
「やあ、紗倉川さん」
「……誰ですか?」
すっげー、睨まれてる。委員長のあんな顔、初めて見た。
「俺、3年の
「知りません。失礼します」
玉砕だった。ここまで落ちが確定的なのも珍しい。
良一は壁にもたれながら、徐々に沈んでいった。
やっぱり、こいつ、馬鹿だ。おかしいな。進学校にも馬鹿っているんだな。
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