第7話 編集作業 巻坂 交

「で、今日のリハはうまくいったの?」


 母が帰宅するなりそう聞いてきた。


「そうだね、まあまあいい感じだっ、って抱きつくなよ!」


 言い終わらない内に母が抱きついてくる。


「いいじゃない、わたしの息子なんだから、わたしの好きな時に抱きついても」

「邪魔だって、まだこれから作業やるんだから」

「あーん、こーちゃんがまたいぢわるいう~。仕事で疲れて帰ってきたんだから、ちょっとくらいは、ね?」

「はいはい、じゃあ、ちょっとだけね」

「んー、こーちゃんやさしー。だから好きー」


 本当にこれでエリートキャリアウーマンなのだろうか? 俺は母に抱きつかれながら、足を伸ばしてpcを起動させ、今日の音源を取り込み始めた。


「さて、じゃ、ご飯つくっちゃおうかな。今日はねー、白身魚のムニエル作るからね」

「疲れてるんなら、そんな面倒なのじゃなくて、塩焼きで十分だよ?」

「だって、こーちゃんにおいしく食べてもらいたいじゃない。いいの、これも好きでやってるんだから」


 仕事も大変だろうに、帰宅してからも料理で手を抜いたりしない。コンビニ飯で済ますことなど、一度もない。母のスペックはとにかく高いのだ。


「じゃ、楽しみにしてるよ」

「はーい、待っててねー、先にお風呂入ってきてもいいよ?」

「いや、作業あるから、風呂は後にする」

「じゃ、後で一緒にねー」


 最後の母の台詞はスルーして、今日の音源の編集作業を始めた。


 一通り編集作業が終わったらファイルを自宅サーバーにあげ、urlをwireで通知する。みんな、ちゃんと聴けよ! 特に良一!!


 さて次は、今取り込んだ音源を元に、少しアレンジするか。


 今日の音源はあくまでガイドだ。これを元に一からオケを作り直す。もちろん、最終的にはバンドで演奏するのだから、これも仮でしかない。ただ、どういうプレイをして欲しいか知ってもらうためのオケ作りだ。所詮仮でしかないので、そう作り込む必要もない。


 まずはBPMを合わせるか。大体132くらいかなあ。


 ああ、やっぱり。良一のリズムの揺れがひどい。


『良一、テンポ揺れまくってるぞ。今回の曲、BPM132だから、そのテンポでクリックと合わせて叩けるように練習しとけ』


 wireグループに書き込んでおく。すぐ既読がついて、


『了解!』


 と、何かのアニメキャラのスタンプが返ってきた。


『お前がしまらないと、バンドのレベルがいつまで経っても上がらないんだからな。最低でも一日3時間はドラム叩けよ。家で出来るんだろ』


 ピロンと音が鳴って、今度は土下座して『承りました』と書かれたスタンプが来る。本当にわかってんだろうなあ?


 揺れてるリズムのトリガーをとって無理矢理クォンタイズをかける。オーディオクォンタイズだから音質はひどいもんだが、ただのガイドだから問題はない。


 クリックを一緒に出して、仮パッドを入れる。おそらくパートが埋まったら消される運命にある。

 ガイド音源を消して、今入れたパッドとクリックを聞きながら、ドラムパートを片手で入れる。タムのフィルのところだけは、後から追加で弾いておく。軽くクォンタイズをかけたら終了。


 次に、ベースだ。今日の音源のミュートを外して、ロリコンタカシのベースラインをチェックする。いくつかいいフレーズがあるので覚えておく。


 おっと、ベースは押し入れだったな。んー、4弦しか持ってないんだった。シスコンタカシは6弦使ってるから、フレーズ的に若干無理がある。まあ、仮だからいいか。


 オーディオインターフェースにラインを突っ込んで、チューニングしてから、2廻しほど弾いてみる。1廻し目はおとなしめに、2廻し目は少し遊び気味に弾いておいた。DAWの方で軽くコンプをかける。二股タカシなら、これで大体理解出来るだろう。


「ご飯出来たよ~、こーちゃーん」


 速いな。もう出来たのか。さすが高スペックマザー。


「ね、ね、おいしく出来たでしょ?」

「うん、おいしい。さすが母さんのご飯はいつもおいしいね」

「だからー、シルキーって呼んで?」

「呼びません」


 何故シルキーにこだわるのかわからない。もしかして、会社でも部下にシルキーと呼ばせてるのだろうか?


「それで? バンドのメンバーってどんな子たちなの? 女の子もいる?」

「全員男だよ」


 食事をしながら母と会話をする。母子家庭、二人きりなので、こういう時間は大切だと思う。


「そだ。今日の音源あるけど、聴く?」

「聴かせて!」


 まだ食事中だけど、ちょっと席を立ってさっき編集していた今日の音源をモニタから流す。オーディオクォンタイズをかける前の、EQを少しいじっただけの音源だ。


「これ、今朝の楽譜の、こーちゃんの曲なの?」

「そだよ」

「かっこいー曲だねー」

「まだ途中でこれから仕上げていくんだけどね」

「でもいい曲だよ。仕上がったらちょうだい。mp3プレイヤーで仕事しながら聴くから」

「もうちょっと待ってて。歌詞もまだないし」

「歌詞はどうするの? こーちゃん作るの?」

「未定。どうしよかなーって迷ってる」

「じゃさ、じゃさ、タイトルはシルキーにして」

「シルキー部長、それはないです」

「シルキー部長言うなー」


 やっぱり、シルキー部長は本人的にはナシだったか。


「ベースの子、結構うまいわね」

「このメンバーの中では今のところ一番いいかな。ロリコンだけど」

「そうなんだ」

「シスコンでもある」

「それはちょっと」

「しかも二股かけてる」

「まあ、それは男の子だし、いいかなあ?」


 え? いいの? 二股いいの?


「ギターとドラムはイマイチ?」

「ギターは伸びしろあるから大丈夫だと思う」

「でも、こーちゃんの方が上手じゃない」

「それ比べたらかわいそうだよ」

「ドラムの子は?」

「んー、まだわからない。でもちゃんと練習すれば多少マシになると思う」

「のびしろはないかあ」

「ドラマーはなかなかいないからさ。おそらく現状ではベストの選択だと思ってる」

「そっか。じゃあ、あとはこーちゃんの指導次第ってことだね」


 ちょうど音源が終わったので作業に戻ることにする。


「さて、ごちそうさま。おいしかったよ、母さん」


 そう言って立ち上がろうとしたら、「おそまつさま」と言いながら抱きついてきた。

 今度はシルキーって呼べって言わないんだ。



**********



 ギターパートに取りかかる。ストリーはテレキャス弾いてたっけ。テレキャスは持ってないからアイバニーズでいっか。


 バッキングパートから録音していく。ベーシックトラックが出来たところで悩む。


 んー。ギター一本だと、これ以上のことをやらせるは無理だよな?


 もう一本ギター入れるか、それともキーボード入れるか。どっちかって言うと、キーボードの方が汎用性あってよさそうだ。しかし、そうなると俺がキーボード弾きながら歌うことになるのか。


 キーボードだと椅子から離れられないからビジュアル的にちょっときついんだよな。ステージを動き回ることが出来ない。レコーディングだったらいいけど、ライブのこと考えるとちょっとなー。


 それに、キーボードは音色の切り替えが結構面倒ください。歌いながらやると、間違えそうだ。それを避けるためには2枚か3枚くらい用意しないといけない。車を持っていない高校生としては、キーボードを3台も持ち運ぶのは無理だ。どうすっかなー。


 いっそのこと、ストリーにキーボード弾かせるか。それで俺がギターボーカルやれば解決じゃないか。いやいや、いくら何でもストリーにキーボードは無理だろ。弾いたことないだろうし。無茶振りはよくない。出来ないことをやらせても時間の無駄だ。


 そうなると、ツインギター一択かな。ま、今日のデモはその方向にしよう。


 ということで、ギターのオーバーダブをやる。別のギター使う? めんどくさいからこのままでいいや。DAWで少しセッティング変えて誤魔化そう。


 リハでクリシェをやれって指示出したんだが、ストリーは対応出来なかった。クリシェ知らないのかな? 今度、その辺も含めて理論を教えてあげるか。まだまだ、何にも知らなそうだったけど、ブルース系の知識なら、少しはあるかも?


 ってことで、クリシェを試してみたけど、んー、なんかしっくり来ない。これは没だな。あと、裏メロも弾かせてたっけ。ボロボロだったけど。


 おし、Bのところに裏メロっぽいことやってみよう。


 うん、大丈夫そうだ。これでいく。


 他にも細々としたギターをオーバーダブしていく。これ、二人で弾けるかな? ま、パート分けとかは後々考えよう。


 そして最後に…。


 しまった。もうすっかり深夜だ。思いの外、ギターパートに時間をとられてしまったようだ。この時間にこの部屋でボーカル録りは厳しいよなあ。わざわざ防音のピアノ部屋に機材持ち込むのも面倒だし。あー、飯食う前にやっとくんだった。


 仕方ないなあ。ボカロでいいや。どうせ仮だし。ラインさえわかればいいだろ。


 キーボードが入ると、音色選びとかでさらに時間がかかるけど、無いならこれでおしまいだ。軽くミックスしたらサーバーにあげて、wire送って終わりにしよう。

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