第6話 リハ 6 巻坂 交

 いい天気だ。昨日は遅くまで曲を作っていたからちょっと寝不足だけど、今日みたいないい日差しだと目覚めもいい。

 さて、昨日出来た曲を軽くチェックして、プリントアウトしなくちゃ。


 昨日はいい曲が出来そうな予感がしたから、先走って練習スタジオの予約を入れてしまった。そうやって軽いプレッシャーを自分にかけたのが功を奏したと思う。


 やりたいことをやりたいようにやってるだけだから、プレッシャーって言うのもおかしいけど。でも、それが俺のスタイルだし、多分、これからも変わらない。


 さて、んじゃ、昨日の曲を軽くキーボードで弾い


「こーちゃん。ねえ、どう?」

「あー、もう抱きついてこないでよ、母さん。キーボード弾けないじゃん」

「あら、母さんじゃなくて、シルキーって呼んでっていつも言ってるじゃない」

「呼ぶか! どこに自分の母親をシルキーなんて呼ぶ息子がいるんだよ」

「いてもいいじゃない。あー、こーちゃーん」


 毎朝毎朝、母はそうやって抱きついてくる。そろそろ子離れしてくれないかなあ?


 ちなみに、なぜシルキーかと言うと、母の名前が「絹依きぬえ」だからだ。絹、シルク、シルキー、ということらしい。もちろん、自分で考えたそうだ。恥ずかしくないのだろうか?


 そんな母でも、俺はすごく感謝してる。うちは母子家庭で、母は一人で俺を育ててくれたからだ。俺が産まれてすぐ、離婚したらしい。何があったかは聞いていないし、聞くつもりもない。母も話そうとはしない。父親の記憶は全くないので、今更会いたいも思わない。


 母子家庭と言っても、経済的に困窮しているわけではない。母は結構大きい会社の部長で、高給取りだ。家での体たらくを部下が見たらどう思うんだろう? 会社ではかなりのやり手らしいけど。


「この曲、プリントアウトして、今日メンバーに渡さないといけないんだからどいて」

「ん~、どれどれ~? しーぴーらぼかっこかり?」

「そう、CP LABシーピーラボ(仮)、バンド名だよ」

「ふ~ん。どんな意味?」

「ないしょ」

「いぢわるしないで教えてよ~」

「はいはい、今度ね。それよりいい加減どいて?」

「じゃ、私の服装のチェックして?」

「はいはい。今日もキマってます」

「髪はどう」

「綺麗ですよ」

「口紅は?」

「いいと思います」

「ファンデのノリはどうかな?」

「問題ないです。歳の割には」

「歳の割にはって言った、歳の割にはって言った」


 そうやってまた抱きついてくる。本当にもう、早く男でも作って息子から卒業して欲しい。


「男は何人いてもいいけど、かわいい息子はこーちゃん一人なんだからいいじゃない」


 なんか不穏な台詞が聞こえたけれどスルースルー。まあ、実際、母は美人な方だと思うし、言い寄られることも多いと思う。そういうことは自由にやればいいと思う。



**********



 何はともあれ、新曲の初合わせってのは楽しみで仕方がない。一昨日、コピー曲でやってみた感じでは、割といいメンバーを集められた気がしてる。少し引っ張ってやれば、もっと実力を出せるだろう。高校に入って一年、いろいろと情報を集めてメンバーを選りすぐったんだ。これでダメなら、校外から探してこないと無理だと思う。


 とは言え、俺にとってバンドを組むのは初めての経験だ。メンバーをまとめるのも、最初は手探りになると思う。みんなを勧誘して回った時、俺のことはコウと呼んでくれ、と言った。だから俺もみんなのことは下の名前で呼ぼう。あまり堅苦しいと、いつまで経っても距離を縮められない気がする。


 一人だけ先輩もいるけど、仲間外れはよくないし、みんな平等に呼び捨てにした方が、親しみがあっていいよね?


「良一! 何やってんだよ!」


 気がつけば叫んでいた。今朝、母の呪縛から必死に逃れてプリントしてきた譜面を、今の今までろくに見ていなかっただと? 何、考えてんだ。ふざけてんのか!


 とりあえず、まずは譜面をしっかり覚えろと言って、良一をブースから追い出し、びびりながらギターを弾くストリーと二人でブースに残る。


 ギター苦手だから、うまく教えられるかどうか……


 でも、俺が少し弾いてみせたら、ストリーはすぐコツを掴んでくれたようだ。どうも理論面がまだおぼつかないみたいだが、テクニックは思っていた通り確かなようだ。うん、大丈夫。彼は使える。


 ベースのタカシは、俺が何も言わずともいい線いってると思う。彼みたいなベーシストは、海外じゃざらにいると思うけど、日本の高校レベルだと探すのに苦労するかも知れない。ベースって、割と簡単に弾けるから、下手っぴな奴が多いっていうか、そこそこの線まで行ったら大抵の曲は弾けるから、そこで成長止まっちゃうんだよな。その点、タカシは、ジャズに興味があることもあって、向上心もあるし、理論面でも多少の知識はあるようだ。


 さて、問題のドラム、良一だ。まあ、譜面を見てこなかったのは別として。実力の方がなあ。平均よりやや上ってところか。先輩ってことで経験だけは豊富なようだが、ただそれだけだ。応用力とか、今後鍛えていかないとダメそうだ。しかし、ドラマー人口が少ないというのが問題だ。正直、彼をクビにしてしまうと、他に宛てがない。去年一年リサーチした感じだと、良一が一番マシだったんだよなあ。

 もう一つ問題がある。良一は3年なので、一年で卒業してしまうということだ。まあ、一年後のことを今から考えても仕方がないし、その時はその時でどうにかしよう。最悪打ち込みって手もある。


 そうこうしている内に、たった2時間のリハはあっという間に終わってしまった。


 新曲に関しては概ね想定通りだった。大体の方向性は今のリハでわかったので、家に帰ったら打ち込みでデモを作ろう。構成も考えなくては。

 おっと、その前に詞だ。一応歌物だからな。残念ながら、俺の作詞スキルははっきり言って高いとは言えない。詞の良し悪しの判別が出来るからこそ、自作の詞にokを出せないのだ。作詞を担当できるやつ、うちのメンバーにいるのだろうか? 今後の打ち合わせの課題だ。


 まあ、詞の問題は追々ということで。


 そうそう。今日のリハ音源も軽く編集しておかないといけないな。自宅サーバーにファイルをあげて、みんなで共有する。全員が自分の演奏だけじゃなく、他のメンバーが何をやっているのか確認するという意味でも重要だ。

 ポピュラーの場合、クラシックと違ってスコアというものがない。譜面はあっても、そこに書かれているのはほぼコードのみで、音符はほとんど書かれていないのだ。どう弾くかはプレイヤーに委ねられる。だから、誰が何をやっているのかということを、楽譜で確認することが出来ない。音で聴き取るしかないのだ。

 もちろん、プレイ中にも聴いてはいる。だが、スタジオのモニタでは細かい音までは判別出来ないし、そもそもそういうチェックには不向きだ。だからこそ、リハの音源は重要になる。また、聴き直すことで、色んなアイディアが浮かんでくることもあるだろう。その旨、みんなに伝えた。


「そういやさー、俺まだみんなのwire知らないんだけど」


 と、良一が言う。そういえば、俺は全員のwireを知ってるけれど、みんなで共有はしてなかったな。


「じゃ、今みんなでID交換しちゃおう。あと、グループも作っておくから、そこで情報共有するようにしよう。いいか?」

「オッケー!」

「わかった」

「………」


 と、そこで、防音扉が開いて誰かが入ってきた。


 あれ? まだ時間に余裕はある筈なのに、次のバンドの人たちが入ってきちゃった?

 と思ったら、違った。


「お邪魔しま~す」

「たかにぃ、来ましたです~」


 JCとJSが入ってきた。


「おお、ごめんな。今終わって、片付けてるところなんだ」


 タカシが答えていた。知り合いなのか?


「あ、ほら、ちゃんと挨拶して」

「はーい。森寿賀もりすが智流ちる、お兄ちゃんがいつもお世話になってます」

林樹はやしぎ未来みこです。たかにぃの恋人です。みなさんよろしくお願いします」


「「「え?」」」


「お、も、もも、森寿賀君、小学生と付き合ってるの?」


 良一が声を震わせて聞く。うん、それはちょっと、俺も聞いておきたい。プライベートに深入りするのは憚られるが、メンバーのことは知っておきたいし、うん。


「そ、そんなことあるわけないだろ? ほら、もうミコったら、悪ふざけして」

「え~、だってお嫁さんにしてくれるっていつも」


 そう言いながら泣きそうな声で答えるミコちゃん。


「ああ。わかったから、はいはい。とりあえず外に出ような」


 そう言うと、慌ててベースを担いで外に出ようとするタカシ。そのタカシの腕にミコちゃんは絡みついてくる。

 かと思ったら、妹のチルちゃんまで、もう片方の腕にしがみついてきた。


「じゃ、お先するね、また学校で!」


 両腕をJCとJSに拘束され、連行されるように出ていくタカシ。


「「「………」」」


 残された3人は全員科我化かがかして呆然となる。

 先に口を開いたのはやっぱり良一だった。


「何だよ、あれ。中学生と小学生だよな? 森寿賀君ってそういうへきなわけ? 巻坂君さ。こーゆーの、風紀的にどーなのかな? リーダーとして、言うべきことは言っておかないといけないんじゃないかな?」


「ああ、ロリコンだな」

「ロリコンだ」


 珍しくストリーが答える。


「シスコンでもあるな」

「シスコンだ」


「さらに二股か?」

「二股だ」


「許せないぞ。二股はダメだろ。片方くれ!」


 良一、お前それでいいのか?

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