第5話 リハ 5 端為 良一

「兄貴、またバンド掛け持ちするんだって?」

「ああ、なんかなー。後輩の巻坂君ってのから急に声かけられてさ。新しくバンドはじめっからやってくんないかって」

「で、安請け合いしたわけだ」

「そゆこと。でもさー。今度のバンドも野郎しかいねーんだよなー」

「兄貴の原動力は下心だからなー」

「悪いかよ。お前だってそーだろ? 俺はさ。レディースバンドからのお誘いを待ち詫びてるんだよ。そしたら、俺のハーレムバンドができっじゃん。どっかに、かわいー子オンリーのバンドないかなー」

「ああ、はいはい。その話は聞き飽きたよ。まあ、精々迷惑かけない程度にがんばんなよ」

「迷惑かけるっつーか、逆だろ。俺が叩いてやるんだぜ? むしろ感謝して欲しいくれーだよ。ほら、俺結構うめーし」

「僕よりも?」

「う……いや、おめーの方が才能あんのはわかってっけど、俺だって、割とイケてる方じゃん?」

「兄貴は本気出せばうまいと思うよ。けどさー」

「いーじゃん、それで何とかなってんだから。あ、それとも、おめー、このバンド、俺のかわりにやっか? 昨日ギグったけど、結構うめー連中ばっかだったぞ」

「そうなんだ。ま、誘われたのは兄貴なんだから、兄貴が責任もってやんなよ」

「おめーはなんで、そう消極的なんかねー。もっと経験積んだ方がいいぞ?」

「それに関してだけは兄貴の言う通りだってのはわかってるよ」


 俺ら兄弟は二人ともドラマーだ。同じ高校で俺が3年、弟のしゅんは今月入学したばかりの1年だ。


 ドラムってのはとにかく練習場所に困る楽器だ。でも、俺んちには部屋内に設置する簡易防音室があっからな。ま、結構音が漏れっけど、一応一軒家だし、近所からの苦情はまだ来てねー。


 そーゆー環境がねー奴は、練習スタジオに通うしかない。ま、電子ドラムっつー手もあっけど、あれは初心者には向かねーんだよな。もう十分叩ける、そう、俺みてーなレベルだったら、練習にはなっかな。でもやっぱ、本物にはかなわねー。っつーか、用途が違うっつーか。

 ま、そんな感じでうちの場合は、家ん中でドラム叩ける環境があるおかげで、兄弟してドラムをやってるわけだ。


 ちなみに、防音室買って欲しいって親父に頼んだのは俺だかんな。瞬は俺に感謝すべきだ。今じゃ、瞬の方が俺よりうまくなってっけど、きっかけは俺なんだから、やっぱ俺に感謝すべきだ。かわいー子の一人や二人、紹介して当然だ。たまには兄貴孝行してもいーだろ。


 そーいや、さっき例の巻坂君から新曲の譜面渡されたんだった。へー、オリジナルねー。音源ねーっつってたからよくわかんね。ま、音源渡されても聴くのめんどーだけどさ。


 まー、いつもみてーに適当やってても何とかなるし? 何とかしちゃうのが俺のすごいところだし? だから、あっちこっちから誘われるっつーわけだ。野郎オンリーだけどな!


 大体よー。こんなフレンドリーな性格してるっつーのに、どーして女子は俺のことスルーすっかね? バンドの中では一番肉体派なドラマーが一番もてるっつー話を真に受けてドラム始めたんだけどさ。やってみてからわかったのは、圧倒的にボーカルがモテるっつーことだ。あと、それに並ぶ勢いでギターな!


 ドラムとベースはさー。なんか地味っつーか、イマイチなんだよなー。確かにバンドの中では縁の下の力持ちっつー感じではあるけど、女子ってけっこーそーゆーの好きじゃん? おかしーなー。


 ン? キーボード? あれはダメだ。キーボードは女子がやる楽器だろーがよ。男がやったって、もてっこないっつーの。


 ま、いっさ。いくつもバンドやってりゃ、ライブやる機会も多いし、その内、女子のファンも出来んだろ。それにほら、俺って心広いし? ボーカルとかギターのお零れとかお下がりでも、文句はいわねーぜ。かわいけりゃ全然おっけー。


 ってこって、今度のバンドもてきとーに流しながらやっけど、肝心のライブん時には本気出すからな! ぜってーかっこよくキメてやっから!



**********



 そんなことを、思っていた時期が僕にもありました。


 はい。ドラムの端為はしため 良一りょういちという者でございます。


 今まさに、後輩の巻坂まきさか君から怒られてるところです。巻坂君ったら、俺のこと「端為先輩」って呼んでたのに、今はもう「良一」って下の名前で呼び捨てです。完全にマウントとられました。他のメンバーも、俺のことを蔑んだ目で見てるのがわかります。まじで、俺、空気読めるんで。


 「何やってんだ?」って言われました。すいません。何もやってません。譜面スルーしてました。むしろ、忘れずに持ってきたんだから、褒めてくれてもいーんだぜ? くらいに思ってました。


 他のメンバーは全員2年、俺だけ先輩の3年だってのに、今回の一件で、一番下っ端って確定したっぽいです。でも、自分が悪かったのはわかったので、反省してます。許してください。お願いします。


 そして、ブースから出てけって言われました。一応、クビにはなってないようで、15分で譜面見とけって言われました。


 おっし。


 いつまでも凹んでても仕方ないし。

 ライブん時しか本気出さねーっつー、俺のポリシー、ここでひん曲げて、今から本気出すことにすっぜ!


 くっそー、見てろー!


 って、譜面をよく見たら。そりゃ、音合わねーわけだっつーのがよくわかった。

 これ、普通の曲じゃねーや。

 普通の曲ってさ。大体4小節毎のパターンなわけさ。なんで、4の倍数の小節ん時にフィルいれときゃ、何とかなんのさ。

 でもこの曲、5小節だったり6小節だったり11小節だったり、あげくに2/4しぶにが入ってたりすっからな。どんだけおかしな構成なんだよ。

 でも、あれだけ言われて、無理っすとか、今更言えねーし。絶対暗譜しちゃる。


 あ、別に暗譜しねーでも、ドラム叩きながら譜面見っことはできんだけどさ。やっぱ、自由に叩くためには暗譜しといた方がいーんだよね。そーゆードラミングこそ、巻坂君が俺に求めてるんだと思うんだよ、うん。


 だから、やってやっぞ。見てろ!


 あ、その後、ベースの森寿賀もりすが君からも苦言を呈されまして、はい。心機一転。ちゃんと謝って、心を入れ替えたところです。今度こそがんばります。



**********



「良一、走り過ぎだ、もっと押さえろ!」


 リハ再開して、ちょっと調子こきはじめたら、早速巻坂君から怒られました。すいません。


「まだ慣れてないんなら、小技使うな! とりあえず、まともなビート刻めるようになってからにしろ!」


 巻坂君、本当に容赦ないっす。

 ベースの森寿賀君も、たまにこっちをジト目で見てます。シンバルの陰を利用して、なるべく直接目があわないようにしてたら、森寿賀君の方が動いて、こっちを覗いてきます。


 そうだよなー。ドラムは座ってっけど、ベースは立ってるから、すぐ動けるよなー。


「良一! よれてんじゃねー!」


 余計なこと考えてたら、巻坂君からの怒号が襲ってきました。マジで彼、怖いっす。言ってることが図星すぎて言い訳できないっす。


「ストーップ!」


 巻坂君の声で、再び休憩宣言が出て、今度は俺がブース居残りになりました。


「良一、もう少しパターンつめようか」

「俺だけ休みなし?」

「いや、休んでていいよ。ちょっとスティック貸して」


 そういうと巻坂君は俺のことを突き飛ばして、あ、すいません。巻坂君はそんな乱暴しません。ちょっと手で押されただけっす。すいません。


 で、椅子に座ってドラム叩き始めました。


「………」


 3点リーダーの無言台詞はギターの科我かが君の専売特許だと思ってたけど、まさか自分でも使うことになるとは思ってもみませんでした。寡黙な科我君とちょっと共通点が芽生えて嬉しいです。


「な? こんな感じとかどうよ? 聴いてる?」


 はい。聴いてます。すっげー、聴いてます。巻坂君、ドラムうまいっすね。多分、俺よりずっとうまいっすよね?


「それからね。Bに入ったら、こんな感じにして欲しいんだ。ハットオープン、効果的に使ってね」


 あ、足技っすね。自分、割とそういうのイケるんで、大丈夫っす。


「あと、オカズの入れ方だけどね。例えばBの4つめとかはこんな感じで」


 う、今どうやったのかわかりませんでした。どういう手の動きしてんすか? わかった。パラディドル使ってるでしょ? どっすか? 俺もけっこーイケてるっしょ?



**********



「っつー、感じでね? そりゃ、すげーリハだったんだよ。俺、すげーバンドに入っちまったかも」

「ほう、すげーすげーって、兄貴にしては珍しい感想だなあ」


 いろんな意味でいろんなことがあったリハが終わり、心身ともに憔悴しきって帰宅した俺は、先に帰宅していた弟の瞬を見つけると、居てもたってもいられなくなって、ついつい今日の出来事を話していた。


「ってこう来るわけさ。ほら、巻坂君、やるよね。彼はいいよ。これから伸びるね」


 なお、必要ないことは話していない。兄貴としての威厳の問題だ。


「あとね、ベースの森寿賀君とのコンビネーションもなかなかでね。今までで一番ってて気持ちいいベーシストだな、彼は。これからもずっとやっていけそーな気がする。ピッチャーとキャッチャーのバッテリーみたいな感じっつったら近いかな。プレイ中もさ。しょっちゅー目が合うんだよ。アイコンタクトってやつ。彼が何考えてるか、手に取るようにわかんだよねー」


 おい、キック甘くなってるぞ、とか、もうちっとリムの音揃えろや、とかね…。


「だから俺は音で応えてやるわけさ。ほら、こーゆーの欲しーんだろって。そしたら、森寿賀君はそれに合わせてくんのさ」


 俺は何一つ嘘をついていない。


「ギターの科我君もさ。最初こそイマイチだったけど、だんだんよくなってってね。ま、俺のグルーブに引っ張られて実力以上の音が出せたって感じかなー」

「なるほど。にしても兄貴、そのバンドって後輩ばっかなんでしょ? 何でみんな君付けなの? 今までだったら呼び捨てだったじゃん」

「あ、えっと。それは、まあ、あれだよ。あれがなにしてこうした感じだよ。別にいいじゃん、そんなの」

「まあ、いいけど。それにしても、野郎オンリーって文句言ってたくせに、こんなポジティブな感想ばかり出てくるとは思ってもみなかったよ」


 あ。


 思い出した。


 そうだよ。最後の最後で、さいこーにムカついたんだよ。


 ベースの森寿賀。あの野郎。ぜってー許さない!

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