第4話 リハ 4 森寿賀 敬

「たかにぃ、またバンド入ったんですか?」

「ん? 早速智流ちるから聞いたのか?」

「うん」


 俺は森寿賀もりすが たかし

 自室のベッドに腰掛けてベースを弾いていたら、妹の智流と、その友人のミコが入ってきた。

 ミコは俺の妹じゃないけど、何故か俺のことを「たかにぃ」と呼ぶんだよな。

 二人とも中学生3年生だけど、ミコの方は背も小さく、小学生にしか見えない。この見た目は正直反則だ。


「智流、もうミコに話したのか。相変わらず仲いいな」

「そんなことより、お兄ちゃんさ。今度のバンドはどうなの?」

「どうって?」

「続けられるのかなってこと。いつもすぐやめちゃうじゃん」

「そうです、そうです。ミコ、たかにぃがベース弾いてるところ好きなのに、まだ一回しかライブで見たことないです」


 もっとたくさん、見たいのにな~、と首を斜めにしてこっちを見てくる。う、あざとい。小学生の純真無垢なまなこで見つめられると、罪悪感が……いや、小学生じゃないけど。中3だけど!


「そうだなあ。今までのバンドは音楽の方向性が違うっていうか。ちょっと単純過ぎてね。ベベベベベってルート弾く曲ばかりでつまらなかったんだよ」

「ルートってなんです?」

「ルートっていうのはコードの、んー、今度じっくり説明してあげるよ。でも、面白い話じゃないと思うよ?」


 えっと、そろそろその首を傾げて見つめるのはやめてくんないかなあ?

 仮に二人っきりだったらじっくり説明してもいいんだけど、妹が見ている前では気恥ずかしくって。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。だから今度のバンドは続けられそうなの? って智流が聞いてるんだけど」


 いかん。ミコに構ってると何故か智流の機嫌が悪くなっちゃう。俺はスケール練習を続けながら答える。


「そだな。まだわからない」

「また単純過ぎてやめたくなっちゃうとか?」

「そじゃなくて。今度は逆なんだ。俺の方がついていけるのか不安になってる」

「えー? たかにぃ、ベース、あんなにじょーずなのに?」


 ミコは、俺の右隣に座ってきて腕まで絡めてくる。


「そうだよ。お兄ちゃんがそんなこと言うの、はじめてだよね?」


 妹の智流まで左隣に座って、ミコ同様腕を絡めてくる。俺のベッドに三人並んで座る形になった。

 両腕を中学生女子二人(片方は見た目、小学生女児)に拘束されてしまい、ベースが弾けないんですけど…。


「いやー、昨日一回リハやったんだけどさ。今度のバンドはみんなうまいんだよ。特にボーカルのコウがすごい」

「どうすごいんです?」

「バンドの名前、なに?」


 二人して疑問形やめてくんないかなー。下からうるうるした目で見つめてくるの、やめてくんないかなー?


「ねえ、ねえ」

「ねえ、ねえ」


 智流もミコも腕を引っ張りながら聞いてくる。もう、ベースを弾くのは諦めた。

 いつものことなので慣れっこなんだけど、君たち、距離感間違ってるよ?


「えーっとねー。すごいのはすごいんだよ。バンド名はCP LABシーピーラボ。意味は知らん。ま、しばらくはこのバンドで頑張ってみようって思ってるし、その内お披露目する機会もあると思うからさ。きっと見ればわかるよ。そうそう。昨日はカバー曲しかやらなかったけれど、オリジナル曲しかやらないってコウが言ってたから、いろんな意味で今までのバンドとは違うと思うよ」


 説明がめんどくさくなってきたので、適当に答えつつ無理矢理話題を切り替えたけど、この後も二人から質問攻めにされたのだった。



**********



 翌日、二限が始まる前の休み時間に、ボーカルのコウがうちのクラスまで来て、曲を作ったから早速今日の放課後にリハをやると言い残して去っていった。


 一昨日、初顔合わせリハをやったばかりなので、昨日一日で作ってきたってことか、と思いながら、渡された譜面を見る。


 今まで加入していたコピーバンドとは全く違う譜面だった。まず最初に思ったのは書き慣れてるなってこと。そしてよく見ていくと、コード進行が斬新だった。少なくとも、自分の知識にはないものだ。


 ベースの場合、テンションが多くなろうとあまり関係はない。全く関係ないってことでもなんだけれど、それよりもそのコードがどのキーのどのスケールにあるかということを理解することの方が重要だ。

 初合わせの曲だから、ルートだけ弾いて誤魔化すって手もあるにはあるけれど…。


 ルートしか弾かせてくれないのが嫌だからという理由で、いくつものバンドを辞めてきた筈なのに、ルートだけ弾いてればいいかな、なんて、さすがに甘えすぎだよな。

 一気に気合いが入る。放課後までに、出来るだけのことをやっておかないとまずいことになる。最悪、速攻クビ、まであるかも知んない。


 こんな緊張感は、初めての経験だ。



**********



 リハが開始されてすぐ、良一先輩の勉強不足にコウが怒り、いきなり中断となってしまった。

 そして、俺と良一先輩はブースの外に追い出される羽目となった。コウとストリーはブースに残り、譜面のチェックをするようだ。


 後輩から散々言われまくって、さっきまで青い顔? 涙目? になっていた良一先輩だったが、ブースの外の廊下にあるベンチに座ると、必死に譜面を見つめている。そりゃまあね。ここで本気出さないと駄目だよね。


 俺も向かいのベンチに腰掛けたところで、wireの通知に気がついた。ミコからだ。


『たかにぃ、今日リハやってるんです? どこですか?』

布橋ぬのはしギタークラフトって楽器屋のA stエースタだよ』


 そう返すと、すぐに既読がついて


『見たいです! 今から行っていいです?』

『来てもいいけど、今からじゃ間に合わないんじゃないかなあ。ちょっと遠いし』


 俺の家からここまで、電車で一駅離れている。俺はチャリ通だけど。


『すぐ出ます。智流ちゃんも一緒に行きます!』

『わかった。気をつけて来いよ』


 そう返信したところで、「ぷはー」と言って、良一先輩が譜面から顔をあげた。俺がwireしてる間、ずっと譜面を凝視していたらしい。そして俺の方を向くと、


「いや~、ごめんなー。正直なめてたわ~」


 と、やたら明るい声で話しかけてきた。

 さっきまでしょぼくれてたくせに、キャラがコロコロ変わる人だなー。


「何で譜面見てこなかったんすか?」

「ああ、ほら。ドラムなんてコード関係ねーし、新曲っつったってふつーはそー変わるもんじゃねーし、楽じゃん? いくつもバンド掛け持ちしてっからさ。一々譜面なんて見ねーんだよ。大抵、その場のノリで何とかなっちゃうし」


 そもそもドラマー人口は少ないので、バンドの掛け持ちはよくある話。でもナメすぎでしょ、それ。印象悪いよ。


「テキトーやってもこなせる自信あったんだけど、このバンドじゃ、そりゃ無理みたいだ。だから、ごめんな。まじ、ごめん。でも、もうこの曲覚えたよ。今度は本気出す!」


 いい加減な性格の上、馬鹿なのかと思っていたけど、案外いい人なのかも? まだ評価は保留だけどね。でも、コウが声かけたくらいだから、それなりの人なのかも知んないな。



**********



 リハ再開。


 良一先輩、さっきとは打って変わって、きっちり叩いてる。同じリズムセクションとして、ドラムが安定しているとベースはとてもやりやすくなる。


 とは言っても、やっぱりこの曲は難解だ。さっきいろいろ試してたら、コウから、慣れるまではおとなしくしろという指示が出ていたので、まずはドラムとのコンビネーションに気を遣う。


「タカシ! Aは今のまんま、Bは少しトリッキーに」


 3廻り目でコウから指示が出た。

 ギターのノリもよくなってきた。気持ちいいぞ。


「タカシ! スラップいらない。フィンガーでずびずびやってくれ。


 オーケーオーケー。

 コウは一切歌わず、まずはオケのグルーブ作りに専念してるっぽい。俺のところへの指示は少なめだけど、コウが何か言う度にオケがよくなっていくのがわかる。一昨日のリハ同様、徐々に仕上がっていってる。このバンドが、今までとは違うと思わせてくれる。


「ストーップ!」


 4廻しって言ってたけれど、それじゃすまなかったみたいだ。コウの声で演奏が終わり、15分の休憩が告げられた。今度は良一先輩がブースに居残って、コウからマンツーマンレッスンを受けるらしい。

 ああ、コウはドラム叩けるってか?



**********



 再び外のベンチに腰掛けて、今度はギターの科我かが君と二人になった。コウはストリーって呼んでたっけ。名前が洲鳥すとりなので、伸ばしてストリーだ。同い年だし、俺もそう呼ぼっかな。


 ストリーと話してわかったこと。まず、彼は努力家だった。根暗っぽい見た目だったけれど、意外とよく喋る。コウの楽譜から、大体似たようなことを感じていたのがわかって、連帯感が生まれた。今までのバンドでは、休憩時間に頭の悪そうな話ばかりで、俺は愛想笑いをして過ごすことが多かったけど、ストリーとなら仲良くやっていけそう。



**********



 有意義な休憩後、再びリハ再開となったけど、コウはキーボードを弾くようだ。弾き歌いするってか?


 そこからのコウはすごかった。まだ歌詞のないこの曲に、英語っぽい歌い方で仮歌を載せていく。

 ああ、メロがそう動くなら、ベースライン、少し考えなくちゃだな。


 歌いながら指示を出していくコウ、それに応えてさらにオケがよくなっていく。


 そして、コウのシンセリードによるアドリブソロが始まった。くー、かっこいいじゃないか。


 続いて、コウはストリーにギターソロの指示を出した後、音色をピアノに切り替える。


 ああ、これロックのピアノじゃないわ。かと言ってジャズでもない。とにかく自由に弾きまくっていて、かつギターソロを盛り上げている。


 すごい才能だ。


 コウの頭の中にはこういう音がいつも鳴り響いているんだな。確かな理論に基づいて、それを音に仕上げる演奏力。どれだけ努力すればそこまで到達出来るのか想像すら出来ないよ。



**********



 大興奮のリハが終わった。ただの新曲合わせのリハだってのに、なんでこんなにドラマチックなんだよ。あと何時間でも弾いていたい気持ちだったけど、2時間しかスタジオを押さえていなかったので仕方がない。っていうか、高校生はお金がないので、いくら割り勘と言ってもスタジオ代は結構痛いんだ。


 撤収作業をしていると、


「今日のリハ、一応recレックしておいた。今日中に軽く編集してうちのサーバーにあげておくね。urlはwireで流すから、聴き直して何かアイディア出たら教えてくれー!」


 と、そんなことをコウが言い出した。一昨日のリハでも同じだった。


 リハは、演奏してその場だけ楽しむんじゃなく、終了後、客観的に聴き直すことが重要だ。

 他のバンドじゃ、仕上がったと思った時にしかrecしたことはなかった。大抵、そう思ってるだけで全然仕上がってないんだけれどね。

 何から何まで、このバンド、というかコウのアプローチは違うよなー。一体、誰から教わったんだか。なんて思っていたら、wireの通知が来た。


『たかにぃ! やっと、着いたです!』


 やっぱり間に合わなかったか。ま、今度、今日の音源を聴かせてあげよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る