第3話 リハ 3 科我 洲鳥
「そろそろ15分経ったかな」
気がつけば、ブースから漏れていたドラムの音が止んでいる。ドラム講義は、終わっていたようだ。
休憩中、コウが良一先輩にどんなことを言っていたのか、今になって知りたくなってしまった。タカシと話せたのはよかったけれど、ブースの中で何が行われていたのかも、見ておくべきだったかも知れないと、今更ながらに少し後悔する。
ブースの重たい防音扉を開けると、コウがキーボードのセッティングをしていた。
何故にキーボード?
「お、戻ってきた。ちょっとさー。俺のマイクスタンド、キーボードの前まで持ってきてくんない?」
「おう」
「コード届くかなー」
ボーカルマイクのコードは長めで
ってか、心の中で突っ込むのを忘れていた。
キーボードも弾けるんかい!
ほんと、コウは何でもアリだな。出来ないことを逆に教えてもらいたい。
「ちょっと厚みが欲しいなーって思って。俺がキーボードで白玉サポートするから、ギターはさっきより暴れてくれていいよ? ってか、暴れまくってね?」
はい、無茶振り来ました。さっき、少し慣れてきたって思ってた自分を責めたい。
コウはスタジオ備え付けのキーボードのセッティングを終え、音色を選び始めた。オルガンとパッドで悩んだみたいだが、パッドに決まったようだ。
「よーし、それじゃ、いくぞー! ワン、ツー、スリー、フォー!」
キーボードのパッドが入ったことで、安定感と厚みが増した。確かに、これならギターはもっと遊べると思う。慣れてくればの話だがな!
1廻し目、コウは特に指示を出すこともなく、黙っておとなしくキーボードを弾いていたが、2廻し目に入って、歌い出した。
そうか。こういう曲だったのか。ボーカル、つまりメロが入って、ようやく曲の全貌がわかってきた。歌詞はまだ出来ていないと言っていたから、歌っている内容に意味はない。なんとなく英語で歌っているように聞こえる。おそらく、きちんとした英語ではなく、偽英語だ。仮歌ではよくやるらしい。
3廻し目に入ると、歌の合間に細かい指示が挟まれるようになった。俺のところにも指示が来る。
「ストリー! そこ、クリシェのライン使えるか? 次のコーラスで試してみてくれー」
えっと、クリシェっすか。単語は知ってるんだけれどね。実態は謎っつーか。勉強不足です。すいません。のちほど、スマホでググらせていただきますので、どうか今はご容赦を。
「ストリー! もうちょっと歪ませてみよう。それから、裏メロっぽいこと試してみてくれ。ライン適当でいいから。正式なラインは後で俺が作るので、今は裏メロ入れるのがアリかナシかだけ試してみたい」
うん、こういう指示だと、やり甲斐があるって言うか。正式じゃないというお墨付きなので、音がアウトしても気兼ねなく弾けてありがたい。
もう何廻ししたわからなくなってしまったが、ここにきてコウはキーボードをいじりはじめた。何か別の音色を探しているようだ。
しばらくすると、コウが立ち上がり、シンセリードのソロが聞こえてきた。何だ、これ。メチャクチャかっこいいぞ。っつーか、コウの指の動きがどんどん速くなっていく。
ものすごい速弾きのシンセソロが、延々と続いていく。ベンドやモジュレーションの掛け具合もセンスがいい。この曲、歌物なんだよね? いっそのこと、インストでもいいんじゃないの? なんて思っていたら、
「次のコーラスから、ギターソロいけー!」
まじか! 今度は俺なのか! あんなすごいシンセソロ聴かされた後に、まだ慣れてないコードでソロやれってか?
いや、さっきよりは大分慣れてはきたよ? 慣れてはきたんだけれどね?
この曲、コード進行が普通じゃないからさ。ただの手癖でアドリブ出来ないんだよ。脳味噌フル回転させないと、どの音選んで弾いたらいいのかわからない。
「ストリー! ゴー!」
えーい、もう弾くしかない。みんなが俺をサポートしてくれていると思うと、何が何でも弾かなくては、という気がしてくる。
マルチエフェクターのフットスイッチで、ソロ用のセッティングに切り替える。
夢中になってソロを弾きまくる。うまくいってるかどうかはわからない。多分、そんなにうまくいってない。
そしたら、突然ピアノの音が聞こえてきた。
見ると、椅子に座り直したコウの両手が、ところ狭しと鍵盤の上を駆け回っている。鍵盤の数、足りてないんじゃないかな? スタジオ備え付けのキーボードなんて、どうせ安物だろうし、88鍵はないんだろうな。76鍵くらいか?
あくまでソロは俺のギターだ。だからコウがやっているのはバッキングに過ぎない。それでも、音の数が溢れんばかりに多い。それでいて、ソロの邪魔にはならないよう気を遣っているのがわかる。
コウ、キーボード上手すぎるんだが。何なんだよ、こいつ!
ああ、だからギターは苦手って言ってたのか。確かにこのピアノを聴くと、鍵盤の方が得意なんだろうということはわかる。
ピアノの音数に影響されたのか、リズムセクションであるドラムとベースの遊びも多くなってきた。
良一先輩はさっきの一件で、俺の中の評価が下がっていたのだが、
ベースのタカシは、ジャズを囓っているおかげかランニングがすごい。6弦ベースを自由に操り始めている。ベースソロって言っても通用するぞ、この動き方。
全員がとても高い次元で一つになってきたような気がした。気がつけば俺の指も、信じられないくらい自由に動き回っている。
「おーし、最後のコーラスいくぞー!」
そんな宣言の後、コウのボーカルが戻ってきた。ボーカルラインが入ったことで、みんなが少しおとなしめのプレイに切り替える。とは言っても、さっき自由に遊んだばかりだ。最初にちんたら白玉を弾いていた時とは明らかに違う。グルーブ感を維持しつつ、遊びどころを弁えていると言った感じのプレイだ。
「最初のコードで終わるぞー」
じゃーん、と響く白玉。ドラムだけが最後のオカズを入れて、コウの手降りでジャンと曲閉めた。
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