第2話 リハ 2 科我 洲鳥

 ドラムの良一先輩と、ベースのタカシがブースを出て行く。

 残されたのは、俺とコウの二人きりだ。

 早速、休憩という名の譜面チェック、という名のコウの講義が始まった。


「じゃ、ちょっと弾いてみて」


 コウに促されて、俺は白玉で譜面をなぞっていく。1コーラス弾き終わったところで、コウが口を出す。


「Aの部分は大体そんな感じでいいよ。Bに入ってからのコードがまだよくわかってないみたいだな」

「………」


 全くその通りでございます。


「ちとギター貸してみ」


 そう言うと、コウは俺のギターを取り上げて構えた。


「ここのコードはさ、こうやって押さえんだよ。転回型とか、省略形ならこんな感じ。でね、こっちのコードは、ここ開放して、こうやって押さえるやり方も……」


 早い早い早い早い!


 理解が追いつかん。っつーか、一度にたくさん言われても覚えられないよ!


 いやいや、それよりさ、


「コウ、ギター弾けんの!?」


 思わず声が出てしまった。コウと一緒に居ると、つい声が出てしまうことが多い。普段黙っていることが多いので、いい発声練習になる。


「いや? 弾けないよ? いじれる程度かな。苦手なんだ、ギター」


 考えてみえれば、作曲ができるのだから楽器の一つや二つ、弾けてもおかしくはないだろう。それにしたって、俺が知らないコードやボイシングを、ほいほいと手慣れた手つきで次々と押さえていく様を見るに、「これでいじれる程度と言うなら、俺なんかまだギターに触れてすらいないんじゃないだろうか?」と思わずにはいられない。


 軽く凹む。


「でねー、このポジションの時にはさー、こんな感じで動いたりもできるからね。ほら、ここでスウィープ使ったりとかさー」


 凹みがどんどん抉られていく。スウィープ奏法とか、普通に繰り出してきてそれでもまだいじれる程度って言い張るつもりなのか?

 自分ではそこそこ弾けるつもりでいたのだが、コウによって俺の自己評価がどんどん下落していく。しかし、沈んでいく気持ちに慣れてきたのか、それとも単に感覚が麻痺して鈍ってきたのか、「ああ、コウはコウだからな」と、そう思っただけで、全て納得できるような気がしてきた。


 出会ってまだ一週間だと言うのに、コウにはこれでもかというくらいに、凄さを見せつけられている。


 才能。


 そういう言葉が思いつく。上には上がいるのだと、思い知らされる。しかし、


「ちょっと貸してくれ。やってみる」


 俺はそう言うとコウからギターを取り戻し、さっきコウが押さえたコードを真似てみる。


 意外なことに、その押さえ方が手にはまった感じがした。すぐ目の前でコウに見せてもらったのがよかったのか?


「そうそう。できるじゃん。それそれ」

「………」


 なんだこれ。さっき凹みまくってた筈なのに、ちょっとコウに褒められただけで嬉しくなってきてるぞ。


「じゃ、次こっちのコードね。ここはほら、1弦をこっちの指で……」


 課題を一つクリアした途端、次の課題が降ってきた。やっぱりコウだ。容赦がない。


 そうこうしている内に、さっき出ていった二人がブースに戻ってきた。

 あっという間に15分の休憩が終わった。



**********



 リハ再開。


「良一、構成覚えたか? キメのところも外すなよ?」

「オッケー、もう完璧だぜ!」


 さっきとは打って変わって明るく答える良一先輩。元々、お調子者なのだ。


「ホントかよ? ま、いいや、じゃ、行くぞ。とりあえず4廻しね。ワン、ツー、スリー、フォー!」


 演奏開始だ。Aの部分はさっきと同じで大丈夫。Bに入ってからは、まだ慣れていないが何とか対応する。B後半からキメ箇所が多くなる。が、まずは白玉で様子を見る。Cに入ってからは少しだけリズミックにやってみた。


 コウは聞いているだけで、まだ歌わない。マイクは繋がっているので、時々みんなに指示を出す。2廻り目に入ってから、その指示が多く具体的になってきた。


「ギター、Bに入ってからカッティングして」


 こっちにも指示が来た。


「ポジションもっと考えて、できるだけ遊んでみて」


 わかってる。出来るならそうやってみたい。でもまだ慣れていない。左手が反応しない。


 3廻り目でようやく、少しだけ遊びを入れられるようになってきた。複雑なコードと思われたものが、だんだんと自分の体に入ってきて、ノレているのが実感できる。


「ギター、リズム気をつけろ! そこ、裏を強調して!」


 ノレてるつもりが、そうじゃなかったらしい。気が緩んでついついリズムが甘くなってしまったようだ。ピッキング。いつも以上に気を遣う。それだけで、前より少しよくなった気がした。


「全体的にもっとエッジを鋭くする感じで!」


 コウの要求には終わりがない。次から次へと指示が飛ぶ。みんながそれに応えようと必死に演奏しているのがわかる。


 そう、この感じだ。二日前にも感じた、これだ。カバー曲より、明らかに難易度が高いであろうコウのオリジナル曲で、ようやく二日前のギグに追いついてきたような気がする。


「ストーップ!」


 コウの声で音が止まり、アンプのジーという音だけが鳴っている。気がつけば、4廻しどころじゃない。多分10廻しくらいはやってたと思う。でも、徐々にバンドとしての一体感が生まれてきたのがわかった。このメンバー、やっぱりいいぞ。


 それもこれも、コウの指示が的確だからだ。まるで指揮者だ。自分では一切演奏することなく、全てを纏め上げていく。


「おし、じゃあ、15分休憩にするけど…。良一、もう少しパターンつめようか。ストリーとタカシは外出て休憩してていいよ」

「俺だけ休みなし?」


 良一先輩がコウに聞く。


「いや、休んでていいよ。ちょっとスティック貸して」


 そう言うとコウは良一先輩からスティックと椅子を奪い、ドラムの前に座ったのだった。


 ドラムも叩けるんかい!



**********



 ブースの外に出て、ベンチシートに座ると、ベースのタカシが話しかけてきた。


「ストリーとコウって同じクラスなんだろ? あいつ、すげーな」


 あ、タカシも俺のことストリーって呼ぶのな。

 俺とコウは2年A組。タカシは学年が同じでB組だ。


「ああ、すごいって言うか、次元が違う」


 タカシとはクラスが違うので、まともに話すのはこれが初めてと言ってもいい。しかし、お互いコウの凄さに圧倒されているという共通認識があるので、いきなり本音トークだ。


「タカシは、この曲のコード、大丈夫なのか?」

「ああ、俺はちょっとジャズ囓ってることもあって、何とかついていけてるんだけれど、それにしたって、こんなコード進行の曲は聴いたこともないし、どのスケール使えばいいかもわからなくてさ。さっきの合わせで、ようやく掴み始めてきたかなって段階だよ」


 なるほど。やっぱりジャズの知識は必要なのかも知れない。


「でもこの曲は、ジャズじゃなくてロックだよな?」

「だね。ジャンルとしてはロックだろ。でも、そんな簡単にカテゴライズしてもいいのかな? って気はしてる」

「最初に譜面を見た時には、わからないことだらけで、今日一日、授業中に調べまくったんだ」

「まじか。やるなー。ま、俺も似たようなことはしてた。それくらいやらないと、このバンド、ついていけないと思うんだ。バンドって言うか、コウについていけない」

「ああ。でも、得体の知れない曲だったのが、慣れてくると自然と体に入ってきてるような気がする。それが今はちょっと楽しい」

「わかるわかる。それな。俺も思ってた」


 滅多に喋らない俺が、ほぼ初対面と言っていい相手に、これだけ本音をダダ漏れさせているのを自覚して、少しだけ恥ずかしい思いをした。

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